20051020

内閣府沖縄総合事務局   

 局長  竹林 義久 殿

沖縄市泡瀬干潟の生態系の保全に関する要望書

日本ベントス学会 会長  向井 宏

(北海道大学北方生物圏フィールド科学センター 教授)

泡瀬干潟の生態系の概要

沖縄県沖縄市泡瀬の地先にある泡瀬干潟は,290 haの礁地干潟で,琉球列島に現存する干潟としては最大規模のものです.この干潟には,マングローブ湿地や様々な底質(泥・砂・サンゴ礫・岩礫)の干潟,海草藻場,サンゴ群落など,実に多様なベントス(底生生物)の生息場所が存在しており,沖縄島の中でもベントスの種多様性が極めて高い海域です.特に広大な海草藻場の存在が大きな特徴で,そこでは日本最多の13種もの海草が確認されています.貝類は300種以上の生息が確認されており,中でも海草藻場に棲息する6種の二枚貝は,日本最大の個体群の可能性があります.

この干潟と周辺の潮下帯では,資料1にあるように,希少種や絶滅危惧種,日本新記録種が数多く発見されており,その他にも非常に多くの生物学的に重要な種が生息しています.クビレミドロやトカゲハゼの生息に見られるように内湾生態系・干潟生態系として琉球列島でも独特の生物相を有する場所であり,琉球列島のみならず日本全体を通しても極めて貴重な干潟生態系であることは明白です.


中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業の問題点

現在,この泡瀬干潟では,中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業による工事が貴局によって進められております.この埋立事業は,環境影響評価書においても,その後に沖縄総合事務局が行っている様々な保全施策においても,以下のような重大な問題点が多数あり,泡瀬干潟の生態系を大きく破壊し,生物多様性を著しく減少させる恐れが強いものと思われます.

1)環境影響評価書での生物相の把握が非常に杜撰で,泡瀬干潟の生態系・生物多様性の豊かさが,適正に評価されていない.特に,貝類についての評価が著しく不適切で,干潟棲貝類の種数が極めて豊富であることや,複数の藻場性二枚貝において最大級の個体群が存在することなどが全く把握されていない.

2)環境影響評価の段階では確認されていなかった希少生物が,埋立計画地内及びその周辺に数多く生息していることがその後明らかになっているにも関わらず,適切な影響予測・評価と保全策の検討が行われていない.

3)沖縄総合事務局は,当初から海草藻場の存在を泡瀬干潟の生態系の特色と認め,その保全を目標として海草の移植実験を続けて来たが,手植え移植・機械移植共に成功しているとは言い難い.また,この移植実験そのものが,泡瀬に本来存在する海草場を撹乱しており,特に機械移植においては,本来の海草場とそこに生息する貝類群集を破壊していると指摘する声がある.

4)本埋立事業では,中城湾港泡瀬地区環境監視委員会が組織され,生態系の保全に関する議論が行なわれているが,同委員会にはベントスの専門家が不在であり,泡瀬の生態系保全に関して適切な議論が期待できない.

5)多くの希少種が生息し,大きな生物多様性を有する泡瀬海域は,現在,海岸生物研究において極めて注目されており,新種記載も含め,今後も海岸生物研究の場所として非常に重要な場所となることは明らかである.泡瀬干潟の環境の破壊は,生物学の進展において大きなリスクをもたらす.

6)生態系の連続性という観点から,潮上帯から潮下帯までの総合的な環境影響評価と保全策の検討が望まれるが,この点からの環境影響評価が不充分である.

泡瀬干潟生態系の保全に向けての要望

以上のように,当該埋立事業においては,泡瀬干潟及び周辺海域の生態系・生物相の適切な把握が杜撰であり,影響予測と評価及び希少種の保護に関する科学的な検討が極めて不十分であるため,以下の4点について,真摯にご対応いただけるよう,強く要望致します.

1)工事を中断して,泡瀬干潟及び周辺海域の生態系・生物相の再調査を行ない,周辺生態系への影響も含めて環境影響評価を再検討すること.

2)特に,日本・沖縄の干潟生態系が大きく破壊されているという現状を適正に認識し,泡瀬の生態系の価値を総合的に再検討すること.

3)希少生物や未記載種の保全対策を再検討すること.

4)以上の3点に関する議論と検討が,科学的に充分に成されること.特に,これまで,ベントス研究者の見解が当該事業において反映されてないので,ベントス研究者へのヒアリングや委員会への招請を行うべきであること.

以上

<この要望書に関する問い合わせ先>

日本ベントス学会自然環境保全委員会 委員長

奈良大学教養部 教授  岩崎 敬二

 〒631-8502 奈良市山陵町1500 奈良大学教養部

 TEL: 0742-41-9591, FAX: 0742-41-0650, E-MAIL: iwasaki@daibutsu.nara-u.ac.jp


添付資料1:泡瀬干潟に生息する主な希少生物

[藻類]

クビレミドロ Pseudodichotomosiphon constricta(フシナシミドロ科)沖縄島固有種で,過去に12ヶ所知られた生息地は,現在では泡瀬・屋慶名・恩納村太田の3ヶ所しかない.RDB評価:絶滅危惧種(沖縄県環境保健部自然保護課,1996).

[海草]

海草のHalophila minorH. australisが日本新記録種として確認された.また,海草のホソウミヒルモが未記載種として確認された.

ヒメウミヒルモHalophila minor(トチカガミ科)泡瀬から発見された日本新記録種(内村ほか,2005).従来から日本産として知られていたヒメウミヒルモ Halophila decipiensは,形態的特長からトゲウミヒルモという和名に変更される(内村,2005).

トゲウミヒルモHalophila decipiens(トチカガミ科)RDB評価:絶滅危惧II類(環境省).

ホソウミヒルモHalophila sp. (トチカガミ科)泡瀬から発見された未記載種(内村ほか,2005).潮下帯に多く生息する.

カワツルモ Ruppia maritima(ヒルムシロ科)湾奥の汽水域に生息する.RDB評価:絶滅危惧IB類(環境省),危急種(沖縄県環境保健部自然保護課,1996).

[貝類] 

ニライカナイゴウナLeucotina sp.(イソチドリ科)・ユンタクシジミPseudopythina sp. (ウロコガイ上科)・ゴカイに共生するウロコガイ上科の1種などは未記載種である可能性が高い.これらの種は,全て埋立工事区域周辺に生息しており,ユンタクシジミ・ゴカイに共生するウロコガイ上科の1種は埋立工事区域内でしか発見されていない.これらの種は将来的に泡瀬を模式産地として記載される可能性が高く,その生息地を破壊することは,生物学的に容認し難い.また,貝類のSolen soleneae(マテガイ科)は泡瀬から発見された日本新記録種である.

泡瀬干潟に生息する貝類の特徴の一つは,二枚貝類の生息量が大きいことで,リュウキュウサルボウAnadara antiquata(フネガイ科),ホソスジヒバリModiolus philippinarum(イガイ科),カブラツキAnodontia edentula(ツキガイ科),カワラガイFragum unedo(ザルガイ科),リュウキュウアリソガイMactra grandis(バカガイ科),リュウキュウアサリTapes literatus(マルスダレガイ科)などの藻場性二枚貝では,それぞれの種における最大級の個体群が存在する(名和,準備中).

スイショウガイStrombus canarium turturella(ソデボラ科)琉球列島全体で分布が衰退傾向にある種で,沖縄島では羽地内海・大浦・泡瀬にしか生息していない.泡瀬では水深5m前後の砂泥底に生息する.RDB評価:危険(和田ほか,1996

オキナワハナムシロ Zeuxis scalaris(オリイレヨフバイ科)日本では琉球列島に分布するが,生息地が極めて少ない種.泡瀬では水深4m前後の砂泥底に生息する.RDB評価:危険(和田ほか,1996

カゲロウヨフバイ Zeuxis sp. (オリイレヨフバイ科)日本では琉球列島に分布するが,生息地が少ない種.泡瀬では水深4m前後の砂泥底に生息する.新種の可能性がある.

ニライカナイゴウナ Leucotina sp.(イソチドリ科)ソメワケグリGlycymeris reeveiなどの二枚貝に共生する.新種の可能性が高い.水深06m前後の細砂底に生息する.

ヤマホトトギス Musuculista japonica(イガイ科)第1期工事計画区域内の深場(水深35m)で生貝1個体・殻3個体が確認された(黒住耐二,私信).本種は,房総半島以南〜東南アジアに分布するが(奥谷,2000),日本では本州〜九州でしか確認されておらず,これまで琉球列島からは記録がなかった.RDB評価:危険(和田ほか, 1996),絶滅危惧IA類(愛知県環境部自然環境課,2002).

オサガニヤドリガイ Pseudopythina macrophthalmensis(ウロコガイ上科)オサガニ類に共生する.泡瀬では潮間帯のサンゴ礫地から潮下帯にかけて生息するメナガオサガニMacrophthalmus serenei(オサガニ科)に共生する.

ユンタクシジミ Pseudopythina sp. (ウロコガイ上科)スジホシムシに共生する.新種の可能性が高い.潮間帯の海草藻場に生息する.

フィリピンハナビラガイ Fronsella philippinensis(ウロコガイ上科)スジホシムシに共生する.生息地は少ない.泡瀬は現在,分布の北限.潮間帯の海草藻場に生息する.

ジャングサマテガイ Solen soleneae(マテガイ科)日本新記録種で,金武湾の屋慶名,中城湾の泡瀬と佐敷でしか確認されていない.

フジイロハマグリ Callista (Costacallista) erycina(マルスダレガイ科)日本で生息が確実に確認されているのは泡瀬のみ.低潮帯〜潮下帯の細砂底に生息する.

[クモ類]

ヤマトウシオグモ Desis japonica(ウシオグモ科)沖縄島では6カ所の海岸から確認されているが,いずれも個体数は非常に少ない.泡瀬干潟周辺は沖縄島で最も個体密度が高く,本種にとって重要な生息地である(日本蜘蛛学会,2001).潮間帯の転石の下に巣を作って生息する.RDB評価:情報不足(環境省),絶滅危惧Ⅱ類(日本蜘蛛学会).

[甲殻類]

オキナワヤワラガニ Neorhynchoplax okinawaensis(ヤワラガニ科)沖縄県北部から1994年に新種記載された種で,生息地は極限される.RDB評価:希少種(沖縄県環境保健部自然保護課,1996).

甲殻類では他に,オカヤドカリ,ムラサキオカヤドカリ,ナキオカヤドカリ,ハサミシャコエビ,オキナワアナジャコ,カノコセビロガニ,トゲアシヒライソモドキ,アミメノコギリガザミ,ミゾテアシハラガニ,ミナミコメツキガニ,タイワンヒメオサガニ,オキナワヒライソガニ,アマミマメコブシ,ルリマダラシオマネキ,ヒラモクズガニなどの希少種が確認されている.

[魚類]

トカゲハゼ Scartelaos histoporus(ハゼ科)日本では沖縄島中城湾沿岸の4ヶ所のみに生息する.泡瀬の個体群は絶滅寸前の状況にある.RDB評価:絶滅危惧種(沖縄県環境保健部自然保護課,1996).

トビハゼ Periophthalmus modestus(ハゼ科) 沖縄島は分布の南限で,生息地や分布範囲も狭く個体数も少ない.泡瀬では比屋根湿地に生息する.RDB評価:希少種(沖縄県環境保健部自然保護課,1996),地域個体群(環境省),希少種(水産庁).

 魚類では他に,マサゴハゼ,オオウナギが比屋根湿地で確認されている.

文献

愛知県環境部自然環境課(編),2002:愛知県の絶滅のおそれのある野生生物 レッドデータブックあいち−動物編−.596pp.

水間八重・山下博由,2002:泡瀬干潟における機械による大規模な海草移植実験の現状について −主に海草場に生息する貝類に注目して−.九州の貝,(59): 42-62.

日本蜘蛛学会,2001:中城湾港泡瀬地区(泡瀬干潟)公有水面埋立事業の中止に関する要望.

沖縄県環境保健部自然保護課(編),1996:沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物−レッドデータブックおきなわ−.479 pp.

内村真之・新井章吾・宮崎勤・横山奈央子・井上徹教・中村由行・嶌田智,2005:日本におけるウミヒルモ属の分類に関する新知見.日本藻類学会講演要旨.

内村真之,2005:日本近海に生息する小型海草類の研究報告.平成17330日,記者会見配布資料.

和田恵次・西平守孝・風呂田利夫・野島哲・山西良平・西川輝昭・五嶋聖治・鈴木孝男・加藤真・島村賢正・福田宏,1996:日本の干潟海岸とそこに生息する底生動物の現状.WWF Japan Science Report 3, 181pp.

山下博由・黒住耐二・大須賀 健・名和 純・長田英巳・前川盛冶・開発法子,2005:沖縄県沖縄市泡瀬干潟から発見された希少貝類と保全の現状.Venus, 64(1-2): 71.


添付資料2:特に本年度の工事による危機について

本年度に浚渫工事が予定されている海域のすぐ近くには,ニライカナイゴウナLeucotina sp.(イソチドリ科)の第1発見地がある.ニライカナイゴウナは2003年に発見された種で,ソメワケグリGlycymeris reevei(タマキガイ科)などの二枚貝に共生する巻貝であり,新種の可能性が高い(山下ほか,2005).この第1発見地にはニライカイゴウナ,ソメワケグリの他に,ツメタガイ属の1Glossaurax sp.(タマガイ科),トクサバイ Phos senticosum(エゾバイ科),カゴガイ Fimbria sovervii(カゴガイ科),トウカイタママキ Mactra pulchella(バカガイ科),チリメンカノコアサリ,フジイロハマグリ Callista (Costacallista) erycina(マルスダレガイ科)などの貝類が生息していて,泡瀬干潟の中でも独特の貝類相が見られる場所である.特にカゴガイ,トウカイタママキ,フジイロハマグリは日本において極めて生息地の少ない種であり,貝類群集全体として保全の必要性が高いと指摘される.これらの種が同所的に見られる場所は,泡瀬干潟のこの場所以外に,どこにも知られていない.この場所は海草藻場辺縁部の低潮帯の細砂底で,水質の清浄な場所である.浚渫によって,これらの環境に大きな変化が起きることが予想され,この貝類群集が崩壊する可能性はかなり高いと考えられる.

この場所はニライカナイゴウナの第1発見地であるというだけでも,優先的に保全されるべきであると考えられるが,さらに重要なのは潮間帯でニライカイゴウナ,トウカイタマキ,フジイロハマグリなどが観察できる日本唯一の場所であることである.そのため,生物学的研究や環境教育上の有用性が極めて高い海域である.