広島、鞆の浦、埋立訴訟、地裁勝利

 

泡瀬干潟埋立訴訟の那覇地裁判決(081119日)後、司法の方でも自然保護の大きな流れが起きていることを感じる。

そして、那覇高裁での判決(1015)を目前にしてのこの判決は、泡瀬干潟裁判控訴審の勝利を予感させる。うれしい

ニュースである。

「琉球新報」(09102日)↓

「沖縄タイムス」(09102日)↓

 

インターネットより

大伴旅人の万葉集 より 大宰府から京都に帰るとき 鞆の浦での3首

天平二年庚午(かのえうま)冬十二月、大宰帥大伴卿、京に向ひて道に上る時に作る歌五首

我妹子(わぎもこ)が見し(とも)の浦の天木香樹(むろのき)常世(とこよ)にあれど見し人ぞなき3-446

【通釈】いとしい妻が往きに見た鞆の浦のむろの木は、ずっと変わらずにあるが、これを見た人はもうこの世にいないのだ。

【補記】筑紫から京へ向かう道中の詠。「鞆の浦」は広島県福山市鞆町の海岸。「天木香樹(むろのき)(用字は万葉集原文のまま)はヒノキ科の常緑高木ビャクシン(イブキ)[参考ページ]。但しヒノキ科の常緑低木杜松(ねず)とする説もある。

鞆の浦の磯の杜松(むろのき)見むごとに相見し妹は忘らえめやも3-447

【通釈】鞆の浦の磯に生えているむろの木を見るたびに、一緒に見た妻のことが思い出されることだろう、どうして忘れることなどできようか。

磯の()に根はふ(むろ)の木見し人をいづらと問はば語り告げむか3-448

右の三首は、鞆の浦を過ぐる日に作る歌。

【通釈】磯の上に根を張っている室の木よ、往路にお前を見た人は今どこかと問えば、語り告げてくれるだろうか。