1回控訴審、被控訴人意見陳述書(県知事相手被控訴人代表・小橋川共男、沖縄市長相手被控訴人代表・漆谷克秀)

 

意見陳述書  泡瀬干潟こと小橋川共男

 

真の共生への進化を

今や、国内はもとより世界中が注目する中で意見陳述させていただく機会をいただき心より感謝申し上げます。 

さて、本題に入りますが。沖縄市の控訴理由書は全く不可解である。

まず一点目は、一審では県にゲタを預けて裁判官の意見・証拠・準備書面提出の督促に応ぜず、一切の意見を述べなかったのに、一転して1972年頃からの資料を山ほど出し、弁解を始めたことだ。だが、その内容は一審での県の準備書面とほぼ同じで、一審最終弁論後の新たな証拠も示しえないおそまつさである。さらに、1区容認・2区困難とした東門市長の会見内容を捻じ曲げ、意欲の表明だったとか、1区・2区全体の計画が生きているだとか、市長や将来の市長が2区の計画を推進すると表明した場合には経済的合理性が復活するとも解釈できるなどと勝手に解釈して、自らの行為についての一貫性や信念、責任を放棄した暴論を平然と展開する態度には、驚きを超えて恐ろしささえ感じる。

二点目は、埋立地の購入の不可解さである。完成した埋立地は、買う人が決まったら県が国から購入しそれを沖縄市が購入してインフラ整備して販売するので、沖縄市の負担は無いとしている。沖縄市の活性化の起爆剤であり、沖縄市の未来がかかり、莫大な時間と労力を要した、沖縄市の夢が実現する、と広言しながら、一方で、買い手が無ければ、国有地(浚渫土砂処分場)のままで放置され「後は野となれ、山となろうが、我関知せず」と開き直っている。浚渫土砂処分場としての埋立は違法であり、このような土地利用計画(公有水面埋立)が通用するものなのか、あきれ果てる。そして、その為にむざむざと生き埋めにされる多様な生物たちに一片の良心の呵責も無い傲慢さに心が痛む。これが東門市長のこころであれば、怒りを抑えることが出来ない。

三点目は、平成10年市議会3度目の全会一致の記述だ。これ以降全会一致は崩れているのに、不利な記述は一切書かないという態度だ。そして、言論の府でありながら、原告の議員は審議に参加させないという、およそ民主主義とはほど遠い沖縄市議会。さらに、この計画は市民総意と豪語しながら、埋立反対が常に6割以上の世論を無視し続ける市議会は異常としか言いようが無い。

指摘したい点はまだまだあるが、世界に誇れる泡瀬干潟を子々孫々につたえるために、私たちは代弁者となり、義務と責任を果たす努力を続けなければならない。

干潟は陸域と海域をつなぐゆるやかな橋。泡瀬干潟埋立て問題は、干潟の重要性を知りながら開発優先をこれ以上続けるのか、干潟を残し育て賢明な利用へ向かうかを問う転換点だ。正に地球の異変が目に見える速度で迫る中、私たち人間が格差を広げる成長を追ってばかりいては、解決の目途すら立たない状況と同じである。

 地球の生物たちは進化を重ねてきた。人間も同様に人種、宗教、性別などで差別されず平和に生きることを未完成ながら進化させてきたことを鑑みると、今日の状況は、更なる進化への産みの苦しみだ。真の共生へあらゆる生命が尊重される道へ、私たちの脳を進化させることだ。

 来年10月におこなわれる、生物多様性条約第10回締約国会議の議長国としての日本政府は、泡瀬干潟埋立に関し、経済的合理性も無い中、税金の無駄遣いと、その為に貴重で多様な生物たちを失う二重の愚を犯してはならない。三権分立の司法の面からも真摯な判決でこたえていただきたい。

 

 

      意見陳述書 披控訴人  ムナグロこと漆谷克秀

 

 今回、福岡高裁那覇支部におきまして意見陳述をさせていただく機会を与えてくださいましたことに心から感謝いたします。昨年1119日、那覇地裁の原判決には感動し、私たちの生活の営みにおいて司法を依るべき場として信頼できることを確認いたしました。渡り鳥になりかわってお礼申し上げます。

 しかし、判決が下された後も今年3月末まで工事が続き、さる520日には、平成21年度の工事計画の一部(護岸の補強工事)も再開されることになりました。控訴審を見守るということで、浚渫工事は「保留」になっていることは、せめてもの救いです。判決後、私の頭を巡ったことは、行政は司法の判断を無視できるのか、ということです。また、控訴手続きについても沖縄市と沖縄県の対応は異なり、沖縄県の場合、立法(議会)を無視しております。三権分立が民主主義社会成立の根幹をなし、三権がそれぞれ独立して互いにチェックしあうことで民主主義が健全な形を維持できるものだと考えておりました。昨今の行政の独断専行に、民主主義の理念が崩れていくような気配さえ感じられ、危惧の念を抱いております。

 本控訴審に控訴人より提出された準備書面を幾度か読みました。先の裁判で何の主張もしなかった沖縄市の準備書面で、平成1912月の市長表明を「意欲の表明、若しくは将来に向けた方針の表明」(P26)だとして、「第T区域については計画を推進し、第2区域については計画の見直しをする」(P.23)としている。あの市長表明から、どうしてこのような解釈が生まれてくるのか不思議でなりません。第U区域は「推進困難」で、第T区域へのアクセスと干潟保全が問題になっているだけです。第U区域まで拡げて事業計画を推進できるとする沖縄市、沖縄県の準備書面の内容に、どうしたらこのような論理が成立するのか、考え込んでしまいました。

 沖縄市の準備書面では「原判決は、将来決まる内容を方針表明段階で求めることに外ならず、行政手続きの流れを無視したものであるし、また将来における行政裁量を不当に拘束するものである」(P.26)としている。行政は、住民の健康で文化的な生活の構築を目的にしており、将来に向ってより良き福祉の向上を追求していくのがその任であるはずです。私たちはこの事業が、沖縄市の活性化に繋がるものではなく、将来、私たち住民に過度な負担を与え、劣悪な生活環境を強い、生活水準の低下を招くものとして裁判に訴えたのであり、原判決は妥当なものと考えております。「行政裁量」と言はれましたら、私たち住民は何も言えず、行政に従えというのでしょうか。「裁量」という言葉に行政の傲慢さがにじみ出ています。

 埋立地購入について、沖縄県と沖縄市には協定書以外に「沖縄市は、土地処分先を確保した上で、土地を購入する」(P.29)という申し合わせがあるようです。しかし、沖縄県の準備書面にはそのような記述はない。市議会でこの申し合わせの文書を請求したら、公文書ではないので提出できないと答弁している。沖縄市が購入しなければ、県も国から購入しない、埋立地は国有地のままだと説明しているが、そのような土地利用計画で埋め立てが出来るのか、沖縄県も明確に示していただきたい。借金(起債)で事業を進めるとする沖縄市も、細切れの土地を購入し、細切れのインフラ整備をするとしているが、そのような非合理的な土地利用計画では、経済的合理性を示すことは出来ないことは明らかである。

 那覇地裁で司法の判断が示されたわけで、立ち止まって指摘された問題点をさらに検討するべきなのが当たり前ではないでしょうか。浚渫土砂の投入まで強行する行政の横暴に憤りさえ感じます。今は、「工事をする」ことだけが目的となっています。泡瀬の多様性に富む豊かな自然環境を保全するなかで開発を探ることこそ、私たちに与えられている課題です。

 工事の即時中止を求めます。