意見陳述書       兼城 淳子

 

 今年の夏、WWFジャパンは、「100万年の自然遺産」−世界に誇る南西諸島の自然を守るために、というキャンペーンを始めました。「100万年の自然遺産」というタイトルについて、「南西諸島の島々がユーラシア大陸から離れて、ほぼ現在の形になったのは、今から100万年ほど前。北海道から九州にかけての日本列島が、約1万年前まで大陸とつながっていたことと比べると、その歴史の古さがわかります。」と説明しています。南西諸島(琉球諸島)と日本列島の生物を考える上で、この100万年と1万年という時間の隔たりは、重要なキーポイントになると思います。

 2003年5月、環境省と林野庁の検討委員会は、世界自然遺産候補地に、琉球諸島(南西諸島)、小笠原諸島、知床の3地域を決めました。琉球諸島は自然条件ではすべてを満たしていましたが、人的要因(保護策など)ではゼロでした。2005年7月、20年以上に亘って行政主導による原生的自然の保護策が実を結び、知床は世界自然遺産に登録されました。世界自然遺産候補地に選ばれてから3年が経過しましたが、琉球諸島が、世界自然遺産に登録される道筋は見えてきたのでしょうか。沖縄本島に限って考えても、状況は絶望的です。「100万年の自然遺産」のキャンペーンは、島々からのSOSとして6項目を挙げています。本島に関するものとして、米軍基地に翻弄されるジュゴンの海(名護市辺野古)、ヘリパットと道路が森に迫る(沖縄島やんばるの森)、リゾート開発で埋められる干潟(沖縄市泡瀬)の3つを挙げています。私は、辺野古の海、やんばるの森、泡瀬干潟は、世界自然遺産の登録の際には、沖縄本島の核になる所だと思っています。ところが、昨日(8月1日)の新聞の朝刊で、本裁判の事件である、泡瀬沖合い埋め立て事業の「海上工事きょう再開」が、大きく報道されていました。事業主は沖縄総合事務局()です。県の工事は10月に再開とあります。本来なら、世界自然遺産の核になる地域を守るために、国・県が必死になるべきなのに、3地域とも、国・県が破壊の先頭に立っています。「100万年の自然遺産」とか「世界自然遺産」などというのは、単なる言葉としか受け取ってはもらえないのでしょうか。

 「100万年の自然遺産」、「世界自然遺産の候補地」に私たちは住んでいるのです。ユーラシア大陸から離れて100万年、琉球諸島の島々で多種多様な生き物が独自の進化をとげ、地球上でも稀有な生態系が形作られました。「ひと」がこの島々に住むようになったのはいつの頃からでしょうか。私たちの文化、気質などもこの生態系の中で、長い時間をかけ作られ、今があるのだと思います。「100万年の自然遺産」を失うことは、受け継がれてきた私たちの文化、気質、生きる基盤などを失うことではないでしょうか。だから、辺野古の海、やんばるの森、泡瀬干潟は、単にその所在地の市町村の人たちだけの問題ではなく、県民、国民の一人ひとりが関心を持つべきだし、その破壊に責任を負うべきだと、思います。自然には国境はありません。琉球諸島の自然には世界が注目をし、その危機には世界が心を痛めています。自然に生かされてきた「人」の歴史に、思いを巡らすゆとりも必要ではないでしょうか。

 私は4年前の夏に初めて、泡瀬干潟を歩きました。あの時の感動は今でも鮮明に、脳裏に刻まれています。私は40年以上もやんばるの森に通い続けていますが、こんなに身近な所に素晴しい自然があるのを知らなかったことに恥じ入りました。でも、辺野古の海に出会えたのも基地建設がきっかけでしたので、人間というのは遠くのものに憧れて、身近な大切なものを見失いがちなのだと気がつきました。そうであるなら、「開発、先にありき」で、泡瀬干潟の価値を理解できないでいる人でも、直接触れ、干潟がもたらす季節の恵みを受け取ることで、きっと変わるに違いないと希望を持つことにしました。泡瀬干潟には観察会や干潟まつりなどで参加する度に感動させられています。新種の生きものたちがいくつも発見されています。この先どんな発見がなされるか、ドキドキです。この法廷で泡瀬干潟をまだ実体験していない方がいらっしゃいましたら、ぜひ、泡瀬干潟にお出かけ下さい。