意見陳述書  伊良波忠雄

 

 私はれっきとした泡瀬干潟埋立反対意見者にも拘らず、漠然とした意見しか言えませ

んが、聞いて頂きたいと思います。

 この問題について勉強不足な上に、最初から埋立反対運動に関わっていませんでした。

沖縄市の住民ではありますが、泡瀬への思い入れは、正直深いものでもありませんでし

た。むしろ、北谷町のきれいな海らしい海の見えるところに住んでいるために、「泡瀬の

海はきたないなー」という風に北谷の海と対比していました。

 それが、所詮は通りすがりの人間だなーと気づかされたのは、埋立反対集会が泡瀬の

海岸で開催された日で、両目を洗われる思いをした時でした。くすんだ石ころだらけの

いつもの干潟が、満々たる潮の香る紛れもない海に変身したのです。この海の中には、

貴重な多くの生物が住んでいることを知り、納得したのです。クモ学会が注目する「海

に住むクモ」がいると聞かされると、私たち浅学の徒も興味が出てきたりするわけです。

 このように、多くの市民が実態を知らなくて、そして無関心という風にされていたの

ではないでしょうか。だからこそ、雇用が増えると宣伝されると、一も二もなく埋立賛

成となって現在に至っている人もいるのです。

 強行されている工事は進んでいて、後戻りは出来ないのではないかと悲観的にもなり

ます。このまま行けば「海も空も凹凸になった醜悪な風景」が現実のものとなってくる

でしょう。麗しさを享受してきた我々の島は、いずれは自然の海岸線を失って、「いびつ

な塊」になって行くのでしょうか。

 このことは、心に沁みる風景を失うに止まりません。辺野古の神人は、沖縄の島全体

が神の座であると言っています。この神人の心の風景はどうなのか、推し量る事は出来

ません。ただ、我々にも言わせてもらえれば、例えば斎場御嶽と久高島の関係について

申し上げればわかるでしょうか。この二つを遮る構築物が仮にも出来たとすると、ウチ

ナーンチュの心は闇となって沈むでしょう。再び三たび、打ちのめされるのです。61

前に沖縄戦で物も心も破壊し尽くされ、今となっても新たに苦しみ続ける人達も大勢い

るのです。それでも、一歩ずつであっても復興に向かって土地の・郷土の光を取り戻さ

んと歩んできたのです。

 県や市町村の行政は、我々を失望させています。島を切り売りして、当座を糊塗し続

けているではありませんか。あまつさえ、国の借金体質を良いことにして、身に余る事

業を平気で上乗せしていく。我が愛する沖縄市の借金はどうなっているのでしょうか。

そして、大きな事業に明け暮れてはいませんか。

 ここに来て、市長が主婦の目で自分の家計に照らし合わせる姿勢を示してくれるので

はないでしょうか。これは一つの光明と受け止めておりますが、議会や役人は歯止めが

かからない事おびただしい。

 願わくば、司法の判断で、そうした悪癖を正していく切っ掛けになればと望みます。