第7章 環境影響評価の問題点

 

第1 はじめに

 

1 本件埋立事業に関する環境影響評価手続は、平成12年3月に評価書が作成され、縦覧に供せられている。

  本件環境影響評価書によれば、本件埋立事業のうち環境影響評価法の対象事業は総合事務局実施の約178haの埋立事業であり、沖縄県実施の約9.2haの埋立事業は対象事業ではないが、両者の埋立は一体的に行われるため、本件環境影響評価書では沖縄県実施の埋立事業についてもバックグランドとして考慮するとされ(1−1注)、沖縄県が分担する埋立部分についても一体として、環境影響評価手続が実施されている。したがって、本章では、沖縄県の埋立事業部分につき、総合事務局の埋立事業部分による影響も含めて、本件埋立事業全体として総合的に検討する。

 

2 本件環境影響評価については、以下の詳述するとおり、調査、予測、評価(影響の回避・低減)、環境保全措置(代償措置)のいずれもが杜撰であり、法が要求する環境影響評価がなされたものと評価できるものではない。

 

第2 鳥類について

 

1 鳥類における泡瀬干潟の重要性と条約上の保全義務等

(1)泡瀬干潟は、野鳥類にとって特に重要な干潟となっている。

  泡瀬干潟に飛来する鳥は確認されているだけでも百数十種類に上るが、とりわけ種類数、個体数とも多いのがシギ・チドリ類である(甲117−1−6〜9頁)。

  シギ・チドリ類は、北極圏で繁殖し、夏から冬にかけて日本列島、琉球列島などを伝い、東南アジア、さらに遠くはオーストラリア、ニュージーランドまで渡っていく。泡瀬干潟は、このフライウエイ上の中継地及び越冬地のひとつを担っており、沖縄最大の飛来地となっており、シギ・チドリ類にとって、泡瀬干潟が保全されるか否かは、その生息に重大な影響を与える。

(2)シギ・チドリ類の中でもとりわけムナグロの個体数は多く、日本最大の越冬地である。環境省が行った全国のシギ・チドリ類モニタリング調査において、全国個体数の50パーセント以上のムナグロが泡瀬干潟で越冬している(甲116−1頁表1・図1−出典:環境省)。また、国や沖縄県版レッドデータブック登載種のコアジサシ、シロチドリも繁殖活動をしている(甲114−8〜9頁、甲116−2〜3頁、甲117−4頁)。

(3)ラムサール条約では8つの登録基準を定めて、この登録基準のいずれかに該当する場合、締約国に対し該当する湿地をラムサール条約に登録して保護する義務を課している。泡瀬干潟は、8つの登録基準のうち、少なくとも基準3「特定の生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物種の個体群を支えている場合」の基準および基準6「水鳥の一の種または亜種の個体群において、個体数の1%を定期的に支えている場合」の基準など4つの基準を満たし、「国際的に重要な湿地」に該当している。

  現時点において、泡瀬干潟はラムサール条約に定める登録湿地とはされていないが、同条約は登録湿地だけではなく、締約国内に存在する全ての湿地を保護の対象とし(4条1項)、湿地の「賢明な利用」を要求している。この「賢明な利用」については、第3回締約国会議(1987年)において、「生態系の自然財産を維持し得るような方法で、人類の利益のために湿地を持続的に利用することである」と定義しているのであり、本件埋立計画はこの「賢明な利用」とは到底相容れないものである。

 (4)また、わが国がアメリカ、オーストラリア、中国、旧ソ連とそれぞれ締結している二国間渡り鳥条約においても、各条約当事国は絶滅のおそれのある鳥類の保護のために、適当な場合には特別の保護措置をとるものとの約束を交わしているが、いずれの二国間協定でもムナグロは保護対象になっている。

 

2 環境影響評価の杜撰さ

  本件環境影響評価書(甲8)では鳥類の生息地の保全について「ムナグロ等の水鳥類は埋め立てによってこれまで利用してきた49haの干潟は利用できなくなり、生息域の一部が消失することによって周辺域の生息地への移動が起こることになる。埋立計画地と既存域との間に幅150から250メートルの海域が存在し、海岸環境が保全されること、現況においても残存干潟に同種の鳥類が広く利用しており、また潮汐に応じて現状においても生息場所をかなり移動していることから、現況において鳥類の多い場所を極力残している。さらに、埋め立て予定地西側の運動公園地先および北側の泡瀬半島地先には、採餌、休息の場となる干潟が広く残ることから、鳥類の生息環境は相当程度保全される」と予測しているが(例えば甲8環境影響評価書5-327〜330,423〜425等)、このような予測、評価は客観的、科学的とは言えない(山城調書10〜11頁)。

  その理由は以下のとおりである。

(1)本来、環境影響評価手続は、特定の開発行為について環境に関する調査、予測、評価をなし、その結果をその事業に係る環境の保全のための措置その他のその事業の内容に関する決定に反映させるための制度である(環境影響評価法1条)。

  環境影響の予測、評価をする前提としては、干潟生態系を支える底生生物相、これを捕食する高次の捕食生物(例えば鳥類)の生態・動向調査(干潟のどの海域をどのように利用しているかなど)、繁殖種については営巣場所、繁殖活動域、採餌域も含む動向調査をしなければ、正確な予測、評価はできない。

  また、環境影響評価手続の調査、予測、評価の各段階の作業は、客観的かつ科学的に行われなければならないことも当然である。

(2)本件環境影響評価書記載の泡瀬干潟の鳥類の出現種類数は66種(甲8:5−280)とされているが、沖縄野鳥の会によれば2000年までに確認した野鳥は125種(比屋根湿地周辺や干潟の一部での調査にとどまっていた段階での調査結果)、泡瀬干潟全域的な調査を行った2000年から2005年3月までに記録された種数は175種であり、多いときには1日に70種以上の種が確認されたこともあった。これらに比較して、本件環境影響評価書に記載された1年間で66種という種数は、同海域の鳥類相の調査としては極めて不十分である(山城調書2頁中段)。

(3)調査方法についても、調査回数が少なすぎること、渡り鳥飛来状況を基礎として適切に調査時期・回数を設定していないこと、定量調査と併行して種ごとの生態・動向調査(干潟域や後背地の利用状況調査等)が全く行われていないことなど(山城調書2〜4頁、9頁中段以下)、大きな欠陥を抱え、調査精度に大きな問題を残す方法となっている。

(4)例えばムナグロについては、地球規模で長距離を移動しており、泡瀬干潟での越冬個体群の帰趨は地球規模でのムナグロの生息状況に大きな影響を及ぼすおそれがある。泡瀬干潟で越冬するムナグロの個体群は、北極圏におけるある一定地域で繁殖した個体群から飛来している可能性があり、現在泡瀬干潟で越冬する個体群がそのまま維持されれば、それは繁殖地でも分散することなく繁殖活動の維持が可能となり、個体群の存続の維持にも資するものと推測されている(甲114−7頁中段)。

  しかし、環境影響評価書にはこのような視点は全くない(甲8:5−420参照)。

  環境影響評価において「鳥類」や「生態系」の項において、現在泡瀬干潟で越冬するムナグロの個体群がそのまま維持されるか否かという視点を重要ととらえるのであれば、鳥類調査としては、種数や個体数の調査だけでは不十分であり、定量調査と並行して、泡瀬干潟における鳥類の採餌場と休息地などの関係や、潮位による生息地での利用状況といった動向調査も行われるべきである(この点は他の種についても同様である)。

  どの種の鳥類が干潟のどの場所でどの程度の採餌をしており、干潟周辺域をどのように利用しているかを調査しなければ、当該個体群が本件埋立後残される周辺干潟を利用して生息を維持することが可能となるのか予測できないことは明らかである。

  ところが、本件環境影響評価手続では、このような調査は全く行われておらず、単に周辺海域に干潟が残るなどの理由から「鳥類の生息環境は相当程度保全される」とされている。

  このような予測が客観性、科学性を備えないことは明らかである。

(5)本件環境影響評価手続においてなされるべき最も重要な課題の一つは、計画時点の鳥類の定量調査のみならず個体群の生態・動向調査により、個体群の生息を支えている干潟域の生物量や個体群の行動形態の調査・解析を通して、埋立により消失する干潟域周辺の環境で個体群等が生息できるか否かを客観的、科学的に明らかすることである。

  しかし、これらは全くなされていない(以上、山城調書12〜16頁)。

  環境影響評価書においても、「干潟における鳥類の収容力に関する科学的根拠が明確になっていない現状ではあるが・・・」甲8:評価書5−424「残存する干潟域での鳥類の収容力にもよるが・・・」(評価書5−424と記載されているように、本件環境影響評価の予測・評価は、科学的な基礎資料を前提としない主観的・非科学的な予測に過ぎず、保全のための定量的な予測や科学的な解析は全く示されていないのである。

(6)また、「埋立計画地と既存域との間に幅150から250メートルの海域が存在し、海岸環境が保全される」とも記載されている。この水路状に残される海岸部は、とくにシギ・チドリの多いエリアであり、当該エリアでシギ・チドリ類は採餌行動を活発に行っており、同干潟域は水鳥の餌となる底生生物が豊富であると思われる。しかし、埋立の完了後に「保全される」とされる同水路状海岸域は潮流の速度および方向の変化を伴うことは明らかであり、それが残存干潟および周辺干潟の生態を激変させるのではないか懸念される。

  このことは、同様に人工島方式で埋め立てられた新港地区の水路上の海岸域の埋立後の生態系が壊滅状態となっていること(甲114−12〜13頁、甲116−3頁下段〜5頁参照)からも強く危惧せざるを得ないところである。

(7)また、泡瀬干潟で繁殖する鳥類については、営巣場所と採餌場などとの関係でも調査・解析されるべきである。繁殖鳥類では繁殖地の保全は最重要項目であり、綿密な実態調査なくして正確な影響予測は不可能である。

  泡瀬干潟海域、とくに泡瀬半島先端砂浜は、被告県が策定した「沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物レッドデータおきなわ」(沖縄県レッドデータブック)で準絶滅危惧種に指定されているシロチドリや、環境省指定のレッドデータブック及び沖縄県レッドデータブックで絶滅危惧U類に指定されているコアジサシの繁殖地ともなっている。

  ところが、自然環境調査では、シロチドリについては、育雛中に見られる偽傷行動を観察、繁殖の確認を示唆しているが、それだけに止まり、繁殖調査は行われていない(甲8:5−281、5−297)。

  コアジサシについては、泡瀬干潟・浅海域はコアジサシの良好な繁殖地として極めて貴重であるにもかかわらず、コアジサシの繁殖は確認されていないばかりではなく、その調査すら行われていない。

  シロチドリやコアジサシが同海域で繁殖していることは明らかであり、現地に合わせた調査計画が策定されなかったことは明白である。埋め立て事業に伴う、これら水鳥の繁殖へ及ぼす影響は甚大であり、繁殖地が壊滅する可能性すらある。繁殖地における繁殖状況調査をせずに、繁殖地の存在すら分からないまま、影響を予測することは不可能である。

  本件埋立事業では、コアジサシ繁殖域である砂島のすぐ南端に航路を開削する予定となっており、航路のすぐ北側に位置する砂島の形態は大きく改変され、繁殖域消滅のおそれがある。また、本件埋立事業終了後の土地利用による影響も甚大であるが、調査・予測・評価がなされていない。

(8)前例の検証もなされていない。

ア 出島方式で行った中城湾港(新港地区)埋め立て事業では、同事業に係る環境影響評価書において、事業の鳥類へ影響予測を次のように行っている。

  例えば、「シギ・チドリ・サギ類については、埋立地の存在により採餌・休憩の場となる干潟域の狭隘化による生息状況の変化が考えられる。しかし勝連半島沿いと泡瀬周辺には採餌・休憩可能な干潟域がまだ残ること、埋立計画地の北東側の干潟域を中心とした約20ha水域及び外周緑地・・・鳥類の生息環境に及ぼす影響は軽微である」(甲58「新港地区環境影響評価書平成4年1月」4−197)、「干潟域を採餌・休憩の場に利用している種(シギ・チドリ類、サギ類)については、埋立地の存在により採餌・休憩の場となる干潟域の狭隘化による生息状況の変化が考えられる。しかし、勝連半島沿いと泡瀬周辺には採餌・休憩可能な干潟域がまだ約92ha残ること、埋立計画地の北東側の干潟域を中心にした約20haの水域及び外周緑地は野鳥の採餌・休憩場所となるように・・・鳥類の生息環境に及ぼす影響は軽微である」(甲59「新港地区環境影響評価書平成6年7月」4−179頁)などと予測した。

イ ところが、新港地区埋立事業実施前には最大約1,700羽の水鳥が飛来し(美里高校野鳥研究クラブ,19791980、第1次埋立も終盤に近い1991年(平成3年)越冬個体数は1380羽であったが(沖縄野鳥の会)、新港地区の第3次埋立終了後である2002年(平成14年)から2003年(平成15年)に事業者が行った調査では4回の調査で最大で95羽(調査は泡瀬地区も含んでいるので、新港地区のデータst.3st.6のみを集計した。)しか記録されていない(以上、山城調書17〜19頁・甲114−12頁、甲116−3〜5頁)。

ウ この2002年(平成14年)から2003年(平成15年)調査は本件埋立に関する環境影響評価手続終了後(平成12年に泡瀬アセス書は作成されている)であるが、新港地区の状況は本件埋立に関する環境影響評価手続中も大きな変化はないと考えられるので、結局、新港地区に飛来する水鳥は新港地区の第3次埋立がほぼ完了した平成8年ころには激減していたことになる。そして、この新港地区の埋立が鳥類に及ぼした影響については本件埋立に関する環境影響評価手続当時にも当然判明していたはずである。

エ 以上のように、新港アセス書にいう「影響は軽微」という予測は完全にはずれ、鳥類の個体数は激減し、鳥類相も単純化した。

  これら前例によっても、出島方式の埋立方法でも鳥類をはじめ生態系に壊滅的な影響を及ぼすおそれのあることが実際にあったのであるから、本件環境影響評価手続においては、これら先例の調査・解析は不可欠の作業であった。

カ ところが、本件環境影響評価手続においては、漠然と、埋立によりこれまで利用してきた干潟を利用できなくなった水鳥は周辺域の生息地、すなわち陸地との間の水路部や埋立を逃れた海域、埋め立て予定地西側の運動公園地先および北側の泡瀬半島地先などに移動することにより、「鳥類の生息環境は相当程度保全される」などと予測している(甲8:5−327〜330,423〜425)。前述のとおり、新港アセス書の予測がその後の経過と大きな齟齬を来しているのであるから、本件埋立事業に関する環境影響評価手続ではその理由を解明し、その上で科学的に影響予測をすべきであった。

キ 事業者も許認可権者である沖縄県知事も敢えてこれら先例を無視したのであるが、その理由は、新港地区での埋立の結果が生態系を著しく悪化させていることは明らかとなっており、事業者としては到底前例により保全策の実効性を論証することはできなかったこと、沖縄県知事もこの点を追求した場合許認可に影響を及ぼすことが予測できたことから、敢えて全く触れなかったことが強く推測されるのである。

(9)以上から、鳥類に関する環境影響手続は、調査、予測、評価の各段階の作業がいずれも客観的かつ科学的に行われていないことは明らかである。

 

第3 サンゴ類について

 

1 サンゴの貴重性

(1)サンゴとは(証人安部真理子尋問の結果)

ア サンゴは、刺胞動物(クラゲやイソギンチャクなどが含まれる。)の仲間であり、いわばイソギンチャクがカップに入ったような状態にあり、そのカップの部分をサンゴの肉の部分が分泌する炭酸カルシウムで作りあげている動物である。そのため、サンゴの生き物の肉の部分が死んでも、骨の部分であるカップ状のものは残り、サンゴが死んで、集積、堆積したものが、サンゴ礁という地形を形成する(安部尋問調書1頁)。

イ 一般的には、サンゴは、亜熱帯や熱帯など、温かい海の透明な水のところに生息している。サンゴは、褐虫藻と呼ばれる小さな植物と共生しており、その褐虫藻が光合成をして太陽の光からエネルギーを作り出し、その養分をサンゴに与えるということでサンゴは生きている。そのため、褐虫藻のところまで光が届くために透明な水が必要となる(安部尋問調書1頁)。

(2)サンゴ礁の役割(甲115、甲119:2頁、証人安部真理子尋問の結果)

ア サンゴ礁生態系は海洋総面積のわずか約0.3%を占めるにすぎないが、海洋生物種の4種に1種、海に生息する魚種の少なくとも65%がサンゴ礁に生息しており、地球上では熱帯雨林に次いで二番目に豊かな生物種の宝庫となっている。世界の沿岸のおよそ6分の1はサンゴ礁に守られている。サンゴ礁に生息する魚類は世界の漁獲量の約10%を占め、途上国においてのこの割合は25%にのぼっている。

イ しかしながら、世界のサンゴ礁の推定3分の2において、海水温の上昇によるサンゴ白化現象が生じているという報告があり、1998年の大規模白化現象においては、日本のサンゴ礁も大きな影響を受けている。

ウ サンゴ礁は多くの人々の生活の基盤(食・住)を支えている。またサンゴ礁は、地球上の物質循環の一端を担う役割として、魚やその他の生き物のすみかとして非常に重要であり、漁業資源や観光資源としても密接に人間と関係している。また人の生活を台風などの波浪から守る天然の護岸としても役立っていることが知られている。実際、風が原因で起こる波(wind generated waves)のうち70−90%をサンゴ礁が吸収することがわかっている。

エ サンゴの生き物のすみかとしての重要さに関しては次のような研究にて実証されている。

(ア)ミドリイシ属のサンゴがサンゴ礁を覆う場合と、これらのサンゴがオニヒトデに食べられて死んでしまい部分的に崩れてサンゴの作り出した空間が減ってしまった場合を比較した研究がある。その結果、生きたサンゴの周囲に群れる魚と比較すると、死んで部分的に崩れたサンゴの周囲では、種数にして65%、個体数にして30%にまで魚が減少した。

(イ)オーストラリア、グレートバリアリーフにおいて、オニヒトデによりサンゴ礁が破壊されるとチョウチョウウオの個体数が減少することが知られている。

(ウ)劣化したサンゴ礁ではブダイの個体数が減少する。

(エ)サンゴ礁生態系の基盤となるサンゴの種組成(taxonomic composition)が変わると、生息する魚類相も変わり、健全なサンゴ礁とは異なる生態系になってしまう。このようにサンゴ礁が変化、もしくは劣化すると生息する魚類や他の生物にも影響を与える。

(オ)多種のサンゴが共存することで、さまざまな方法でサンゴを利用する機会が増え、サンゴ礁生態系に多様な生物が棲むことができ、これは棲み込み連鎖と呼ばれている。

  多種のサンゴの存在があってはじめて、サンゴを食べる動物、サンゴの枝の隙間をすみかとして利用する動物、サンゴの骨の中にすむ生物などがサンゴ礁でくらしていけるのである。

(3)サンゴ礁に迫る脅威(甲115、甲119:3頁、証人安部真理子尋問の結果)

  上記「(2)」で述べた貴重な生態系を形成するサンゴ礁やサンゴ群集(サンゴ礁を形成するまでに至らないパッチ状のサンゴの群落を指す)が、現在、各種開発工事に伴う土砂流入や直接のサンゴ破壊、海洋汚染、違法漁業、過剰漁業、海水温の上昇による白化現象、オニヒトデの食害、サンゴや熱帯魚の違法取引などの様々な人間活動によって脅かされている。

  サンゴ礁はストレスに非常に敏感であり、海水の温度が1度上がっただけで世界的な白化現象が生じたほどである。沖縄では、その他にもオニヒトデの食害や赤土の流出によりサンゴがダメージを受けていることが知られている。またもともとサンゴは脆弱な生き物ではあることに加えて、最近の研究によると沖縄本島周辺と慶良間諸島のサンゴ群集は復元力が落ちていると指摘されている。

  特に地球温暖化は現在のペースでこのまま進むという予想がなされており、なんらかの手段を早急に講じるとともに、温暖化以外の影響を最小限に食い止めなければ、この貴重なサンゴ礁生態系を維持することは著しく困難であると考えられている。

  そして、上記のようなサンゴにとって危機的な状況というものは、平成12年当時に既に生じていたものである。

(4)サンゴの生物としての特殊性(甲115、甲119:3頁、証人安部真理子尋問の結果)

  近年、サンゴは進化生物学的にも非常にユニークな生物であるということが判明し、注目をあびている。Veron (1995)はサンゴは種の分化と融合を繰り返しながら進化してきたという網目状進化説を提唱している。その後の多くの研究により(例、Willis et al., 1997;  Fukami et al., 2004)この説は支持されており、多くのサンゴにおいて種内で形態変異が見られたり、雑種を形成するのもこの進化機構によるものと考えられている。しかしながらこの興味深い生き物に関し、まだ十分な研究は行われていない段階である。

  このことは、サンゴに関し調査研究を行うことが学術上非常に重要であることを意味している。

(5)沖縄のサンゴの特徴(甲115、甲119:3頁〜4頁、証人安部真理子尋問の結果)

  沖縄のサンゴ分布は非常に特徴的である。一般的に生物は熱帯や亜熱帯の緯度の低い地域で種類数が多くなる。サンゴの場合では、赤道付近のフィリピンやインドネシアでサンゴの種類数が最も多く、そのためこれらの地域はサンゴの多様性の中心と呼ばれている。そして、この多様性の中心から南北、あるいは東に進むにつれてサンゴの種類数は減少する。南北へ進むにつれてサンゴの種類数が減ることは、高緯度地域でより水温が低いことと対応している。

  ところが、日本のサンゴ分布の種組成は、基本的にはフィリピン(414種)のサンゴとよく似ているとされている。

  同程度の緯度ということで、サンゴで世界的に有名なオーストラリア・グレートバリアリーフと比べてみても、琉球諸島では出現するサンゴの種類が多くなっている。

  緯度が24度のグレートバリアリーフでは330種との記録があるところ、沖縄島(北緯27度)では338種、八重山列島(北緯25度)では363種との記録がある。これは沖縄本島や八重山列島では、多様性の中心地域から流れる暖かい海流(黒潮)が陸の近くを流れ、サンゴの幼生が多様性の中心地域から、北側の陸近くにあるサンゴ礁へと広がることができたためと説明されている。

  またグレートバリアリーフでは少ない種類のサンゴで構成されているリーフが続いているケースが多いが、沖縄のサンゴは小さな面積に多くの種が混在しているという特徴がある。

  以上のことより沖縄のサンゴは、他の地域と比べても非常に特異的な貴重な生態系であると言える。

(6)泡瀬干潟のサンゴの特徴(甲115、甲119:4頁〜5頁、証人安部真理子尋問の結果)

ア 泡瀬干潟は内湾に位置する干潟であり、通常のサンゴ礁域とは異なる。通常、礁斜面ではリーフが発達し、サンゴが途切れることなく続いて発達しており、多種(多属)のサンゴが混成している。これに対し、内湾では、幼サンゴの供給が少なかったり光条件や水質環境がサンゴの生育に不十分であるからだと推察されているが、通常は高い被度のサンゴ群集は見られない。

  ところが、泡瀬干潟の場合、内湾に位置しているにもかかわらず、高い被度のサンゴ群集が観測されており、枝状ミドリイシが優占して広範囲に記録されている海域もある。これは非常に希なことである。

イ 泡瀬干潟の大きな特徴の1つとしては、枝状のサンゴと海草との共存があげられる。

  泡瀬干潟においては枝状のサンゴ(ミドリイシ類)と海草の共存という珍しい光景が見られる。枝状のコモンサンゴの場合は、海草と共生することにより海草もサンゴも相互に利益を得るということが解明されつつある。

  サンゴと海草の共存は、沖縄島北部エメラルドビーチ(美ら海水族館付近)で観測されているが、泡瀬干潟とエメラルドビーチ以外にはこのような光景は目視されていない。

  このように、サンゴと海草との関係はまだ解明の途上にあるが、この珍しい光景を持つ海域を保全・研究し解明するということは、未知の部分が多いサンゴの生態を明らかにし、世界中で保護の必要性が叫ばれている貴重なサンゴの保護策を検討する上でも非常に有益なことである。

ウ 従って、以上のような観点から見ても、泡瀬のサンゴの学術上の価値は極めて高い。

エ なお、泡瀬干潟とこれに続く浅海域に生息するサンゴ群集の優占種はスギノキミドリイシ、ヒメマツミドリイシ、オヤユビミドリイシ、リュウキュウキッカサンゴなどである。

  特にヒメマツミドリイシを優占種とする群落は大きく、2007年6月には産卵能力を保有することが確認されている(甲104〜106)。

  近年の沖縄島のリーフチェックの結果(甲119:安部真理子意見書「4」)からすると、沖縄島周辺のサンゴの回復は離島に比べると格段に遅いことが明らかとなっている。この理由としては、沖縄本島周辺にはもう十分に幼生を供給できるほどのサンゴが残っていない可能性が高い、あるいはサンゴ群集自体の復元力が低下してきているためとされている。

  そのような中で、他海域への幼生の供給源となり得る、産卵能力を保有するヒメマツミドリイシの大群落が存する泡瀬干潟とこれに続く浅海域に生息するサンゴ群集を保全することは、沖縄島周辺海域のサンゴ群落の保全や、遺伝的多様性の保全の観点からも、非常に重要なことである。

(7)小括

  以上から、そもそもサンゴ礁、サンゴ群集自体が貴重なものであるところ、泡瀬に現存するサンゴ群集は、希少性、学術的価値の高さという意味からしても特に貴重な存在であることが明らかである。

 

2 サンゴ群集につき実施された環境影響評価の問題点

  本件環境影響評価及び本件評価書は、調査、予測、評価、環境保全措置(影響の回避・低減)のいずれもが杜撰であり、およそ環境影響評価の名に値しない。

(1)調査が杜撰であること

ア 事業者が実施した調査の概要 

(ア)事業者が実施したサンゴの調査は、「調査区域内において、評価書図−5.2.23に示す56地点でスポット調査(10m×10m毎)を行い、その結果並びに航空写真も判読しながら分布状況の把握を行った。」というものである(評価書5−366)。

  なお、被告沖縄県は、上記調査方法につき、「あらかじめ航空写真を用いて藻場の分布やサンゴの基盤である岩盤の分布を把握し、その後、船上から実際に現況を把握し、100メートルメッシュで実施したサンゴの分布調査において確認された被度の高い地点について、10メートル×10メートルのコードラート(区切り)でスポット調査を行った。」とし、環境影響評価書には一切記載のない、「船上から実際に現況を把握し、100メートルメッシュでサンゴの分布調査」を実施した旨主張している(被告沖縄県(知事)準備書面(6)「第1、2、(1)、イ、(ア)、a」)。しかし、真実そのような調査を実施していたのであるならば、環境影響評価書にその旨記載されていて然るべきであるところそのような記載は一切存せず、かつ、原告らからの当該調査についての具体的な調査手法及び調査結果の提出に関する求釈明(原告ら準備書面(12)「第2、1」)に対し、「分布域の変化点を100m×100mで把握し」ただけで「測量的な調査データはない。」とするのみであり、調査手法については一切明らかにしていない(環境影響評価書には前述したとおりそもそも「100メートルメッシュでサンゴの分布調査」なる記載は一切ない。)のであり(被告沖縄県準備書面(12)「1、(3)、(4)」)、被告沖縄県主張のような調査がなされたことは全く信用できない。

 (イ)事業者は、平成8年5月21日〜29日に評価書記載の調査を行っている。

  環境影響評価書によると、事業者は、同じく平成8年5月1日〜29日に、同一の調査ポイント、同一の調査方法にて、サンゴの調査と同時に海藻草類の分布調査を行っている。

イ この調査には以下のような問題点が存在する。

(ア)調査ポイントが少なすぎる。

@ 埋立計画地内の調査ポイントとしては、10、11、12、14、15、16、17、22、23、25の10ポイントがとられている(甲8:評価書5−367、甲122)。なお、このうち、10、11、12、25の4ポイントにおいてはサンゴ類の被度はゼロ%とされている(評価書5−369〜372)。

  評価書では、この10ポイントのスポット調査(10m×10mの枠内)の結果から、埋立区域約187ha内に、サンゴ群集分布域としては約47haしか存しないと判断され、かつ、14、15、16、17、22、23のわずか6ポイントのスポット調査の結果から約47haとされるサンゴ群集分布域全域の被度を10%未満と判断している(評価書5−423)。

  わずか1000平方メートル(10×10m×10m)の結果をもってして、1,870,000平方メートル(10000平方メートル=1ha)の中に470,000平方メートル(10000平方メートル=1ha)のサンゴ群集しか存しないとし、さらに、わずか600平方メートル(6×10m×10m)の結果をもってして、470,000平方メートルというサンゴ群集分布域全域の被度を10%未満と判断しているのである。

  事業者が設定したサンゴ類に関する環境保全目標は、「生息被度10%以上の区域については生育・生息基盤を維持し、環境要素を相当程度保全することである。」(評価書4−14)とされており、生息被度10%に達するか否かによってその保全措置に雲泥の差が生じる(生息被度10%未満の場合には、そもそも保全の対象とならない(=生き埋めにしてもよいとの意)。)のであるから、生息基盤が完全に消滅する埋立区域内に被度10%以上の区域がないかについてはより慎重な調査が当然に要請されるはずである。とすれば、前述する10ポイントの調査及び航空写真の判読から大まかなサンゴ群集分布域が把握できた段階で、埋立区域内全域及び当該区域内の47haと把握したサンゴ群集分布域に被度10%以上の区域がないかさらに調査ポイントを増やしての調査をすべきであった。

   にもかかわらず、事業者が実施した調査は、前述したわずか10ポイントに過ぎない。

  この一事をもってしても、調査が不十分であることは明白である。

  この点、証人安部真理子も、埋立計画地とされている区域の中の調査地点の数について、「現在、10点ほど調査されたようですけれども、明らかに調査をされていない空白の地点があるので、この倍の数ぐらいは、少なくとも見ておかなければ何とも言えない。」と述べている(安部尋問調書7頁)。

  なお、仮に、被告沖縄県主張のように、調査ポイントの選定の前提として、100メートルメッシュの調査なるものが行われていたとしても、干潟及びその浅海域に生息するサンゴ群集の特徴としては、「パッチ状にサンゴが高密度で分布し、その後砂が続き、岩が続き、またサンゴ群落がある、という海底構成になって」おり(甲119:11頁)、サンゴ礁の礁斜面のように予測がつくような場所でないことから、「100メートルメッシュで判断されては、見落としが生じる可能性が非常に高い」(安部尋問調書7頁)のであり、調査ポイントが少なすぎるとの批判は免れない。

A 事業者の計画では、埋立計画地に向けた航路を造るために埋立計画地周辺を浚渫する計画となっている(評価書2−40)。

  この航路のための浚渫区域も、埋立計画地内同様、サンゴ類、海藻草類にとっては生息基盤が完全に消失する区域である。

  ところが、この区域についてのサンゴ類、海藻草類の調査ポイントは24、26、30のわずか3ポイントしか設定されておらず(甲8:評価書5−367、甲122)、上記「@」同様、調査ポイントが少なすぎるとの批判がそのまま妥当する。

(イ)調査の回数が少なすぎる。

  平成8年5月21日〜29日までの1期間しか調査をしていないのであり、法が求める調査が実施されたとは評価できない。

@ 事業者が実施した調査は上記期間の1期間のみである。

A そもそも、サンゴ群集は生き物である。生き物の生息状況の調査において、季節の変動を把握しない、1期間のみの調査などということは到底あり得ない。

  特に、サンゴ群集の生息状況の調査については、1年を通じての季節の変動を見なければ当該群集が健全な状態であるか、危機的な状態であるのか、過去に危機的な状況にあったところ現在回復の途上にあるのかなどの具体的な状態を正確に把握することは不可能であるし、産卵能力を有するサンゴ群集であるか否かも、サンゴの種類毎にその生活史を把握し、当該サンゴの産卵時期を把握しなければ、調査時期の設定すら不可能である。

  この点、「公有水面の埋立て又は干拓の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令」第9条1項5号では、「調査に係る期間、時期又は時間帯については、調査すべき情報の内容を踏まえ、調査に適切かつ効果的であると認められる期間、時期又は時間帯」を選定することが要求され、同条3項では、「第1項5号に規定する調査に係る期間のうち、季節による変動を把握する必要がある調査の対象に係るものについては、これを適切に把握できるよう調査に係る期間を選定するもの」とされている。

  また、証人安部真理子も「一般的に、少なくとも4つのシーズンにかけて、春夏秋冬と4回調査するのが生物調査の基本であると思います。」「生き物の変遷を見る上で、春夏秋冬で変化があって当然のことだと思いますので、それを確認する意味で、どの季節に行うか、どの季節にはどういう状態であったかということを押さえておくのは、基本的なこと」である旨述べているところである(安部尋問調書6頁)。

B さらに、事業者の調査実施後である、「1997年(平成9年)10月から1998年(平成10年)11月までの4か月間に、世界の40〜50%のサンゴ礁が白化により深刻なあるいは壊滅的な被害を受け」るという状況が発生した(甲28:国際サンゴ礁イニシアティブ(ICRI)「新・行動の呼びかけ」1998年11月)。

  この点、環境省・日本サンゴ礁学会編「日本のサンゴ礁」においても、「1997年にオーストラリアのグレートバリアリーフから始まった大規模なサンゴ礁の白化現象は、1998年7月には北半球のサンゴ礁域で広範に見られるようになった。サンゴ礁の白化現象を引き起こした主な原因は、高水温であった。」「この高水温塊は日本にも達し、南西諸島はじめ各地でサンゴ礁の白化現象が引き起こされた。」「沖縄では1998年7月頃から大規模なサンゴ礁の白化現象として現れ、沖縄島西岸ではミドリイシ属のサンゴをはじめ多くの優占種が壊滅的ダメージを被った結果、サンゴの被度の低下と群集組成の変化が生じた。」と指摘がされているところである(甲29:同書48頁)。

  環境影響評価とは事業の実施が環境に与える影響を評価するものであることからすると、評価の前提として環境の現状を正しく把握することが何よりも大切であることは論を待たないところである。

  とすれば、調査区域にあるサンゴ群集分布域に生息するサンゴに、世界的規模で発生し沖縄でも同様に問題となっている白化現象がどのような影響を与えているのか、より詳細な再度の調査をすべきであったことは法律上当然の要請である。

  この点、証人安部真理子も「私は、平成10年の大規模白化現象の後に調査を行うべきであったと思います。」「沖縄島周辺の海域ですと、私の知るところでも被度50パーセントあったところが、その夏(大規模白化現象が起きた平成10年の夏のこと)を越しただけで被度5パーセントから10パーセントにまで落ちています。そこまでの環境の変化というものがあった場合、海の中というのは何が起こっているか分かりませんので、何か事業をする際には、もう一度調査すべきであったと考えます。」と述べているところである(安部尋問調書10頁)。

  なお、参考までに指摘しておくと、沖縄県が事業者となり進められている与那国空港拡張事業に係る環境影響評価書につき、平成14年7月26日、環境大臣から、「サンゴ類については、現地調査後の平成13年に周辺海域において、白化現象が発生したことから、当該海域におけるサンゴ類の現況調査を追加実施した上で、それを踏まえた予測・評価に見直し、事業実施に伴うサンゴ類への影響が最小限となるよう、県環境部局等の関係機関と十分な調整を図りつつ、専門家の意見を踏まえた上で、適切な環境保全措置及び事後調査について見直すこと。」との意見が出され、追加調査の実施と、評価書の修正を行うことを求められているところである(甲30:報道発表資料「与那国空港拡張事業に係る環境大臣意見の提出について」)。

  しかるに、事業者は、再度の調査を実施することなく環境影響評価を実施している。

(ウ)調査方法自体に問題がある。

@ 事業者が用いている調査方法は、特定の区域を一定期間継続的に、経年的に把握することを前提として、その分調査1回あたりの負担を軽減するために採用されている、簡敏な調査方法であり、そもそも短期間1回のみで全てを把握できるような調査方法ではない。

A 証人安部真理子も

    T 「スポット調査は、現在では、環境省でも取り上げているような有効なモニタリング方法ではありますけれども、これは同じ海域を10年、20年などの長期間にわたって調査することを前提に使われる簡便で表面的な方法であって、その1回の調査をこれで終わらせていいという」そういう調査方法ではない(安部尋問調書7頁)。

      U  「特にタンクを背負う必要もなく、ラインや枠などを持ち歩く必要もなく、潜って判断できる人がいればいいので、そういう意味では非常に便利な方法で長続きする方法です。ただし、調査者の主観が混じるということは避けられないことです。」(安部尋問調書16頁)

    V 自身が現実に実施した方形枠調査結果に基づき「本海域は干潟なのでパッチ状にサンゴが高密度で分布し、その後砂が続き、岩が続き、またサンゴ群落がある、という海底構成になっています。このように礁斜面ではない環境下では、サンゴ被度を求める際の調査範囲(この場合は10m×10m)の設置の仕方により数値に大きくばらつきが生じます。私たちが見た限りにおいても10m四方という枠をサンゴ被度90%以上になるように設置することもできる一方で、枠を数メートルずらせば逆に0%に近くなるようにすることも可能です。従って、事業者側のサンゴ被度に関する調査方法及び評価方法が、この場合に適切であったとは考えられません。」(甲119:11頁)

 などとしているところである。

(エ)被度の算出方法、被度の定義が全く不明であり、埋立計画地内のサンゴ類の分布域で被度が10%を超える区域はないとする判断は全く信用することができない。

@ サンゴ類調査と同一方法、同一期間、同一の調査ポイントで、同時に調査が実施された海藻草類の調査結果によると、埋立計画地内のポイントのみをみても、

    T 調査ポイント10では全体被度80%と極めて高い被度が目視で確認されているにもかかわらず、「藻場の分布状況」図(甲8:評価書5−376)によると、当該ポイントは被度50%未満の疎生域とされている。

    U 調査ポイント12でも全体被度60%という高い被度が目視で確認されているにもかかわらず、「藻場の分布状況」図(甲8:評価書5−376)によると、当該ポイントは被度50%未満の疎生域とされている。

       V 調査ポイント14でも全体被度65%という高い被度が目視で確認されているにもかかわらず、「藻場の分布状況」図(甲8:評価書5−376)によると、当該ポイントは被度50%未満の疎生域とされている。

    W 調査ポイント16でも全体被度70%という高い被度が目視で確認されているにもかかわらず、「藻場の分布状況」図(甲8:評価書5−376)によると、当該ポイントは被度50%未満の疎生域とされている。

    X 調査ポイント17でも全体被度90%という極めて高い被度が目視で確認されているにもかかわらず、「藻場の分布状況」図(甲8:評価書5−376)によると、当該ポイントは被度50%未満の疎生域とされている。

    という状況であり、調査ポイント毎に記載された全体被度と「分布状況」図に記載された被度の関係が全く不明である。

A 上記「全体被度」と「被度」の関係からすると、わずか6ポイント(1ポイントあたりわずか10m×10m)のみの目視の結果から各ポイント毎に全体被度なるものを算出し、この6ポイントにおける各全体被度に基づき、約47haという広大な面積を誇る埋立計画地内のサンゴ群集分布域につき、被度10%以上の分布域がないなどと断定できる理由が全く不明である。

B 事業者としては、各調査ポイントにおける被度と航空写真を参考に「サンゴ類分布状況」図の被度を推定したと主張するのかもしれないが、後述するとおり、埋立計画地内のサンゴ類分布域は、海藻草類の分布域と重なっているのであり、航空写真を見ただけではどれがサンゴでどれが海藻草類であるかなどという区別ができるものではなく、サンゴ群集分布域と海藻草類の分布域が重なり合っている区域においては、航空写真がサンゴと藻場のそれぞれの被度の判断材料に寄与することはない。

(オ)上記からすれば、本件環境影響評価手続において、法が要求している調査が実施されたなどと到底評価できるものでないことは明らかである。

(カ)以上のような杜撰な調査の結果、貴重なサンゴ群集の存在を見落としてしまった。

@ 泡瀬干潟を守る連絡会が、平成17年4月16日、17日に実施した調査によると、     

    T 原告ら準備書面(7)別紙「サンゴ調査地点地図」の「HM」周辺(西防波堤北西海域)においてヒメマツミドリイシを優占種とする10m×10m枠で最大被度50%以上の密生域を含む分布面積約2500平方メートル以上のサンゴ群集が確認された。

    U 同地図の「SHS」周辺においてスギノキミドリイシを優占種とする10m×10m枠で最大被度50%以上の密生域を含む分布面積約400平方メートル以上のサンゴ群集が確認された。

    V 同地図の「SHS」周辺において分布面積約150平方メートル程度のリュウキュウキッカサンゴの群落(10m×10m枠で最大被度30%以上)が確認された。

A 上記は、いずれも、事業者が平成8年5月21日から29日に実施した調査では発見されていない群集、群落である。

B 上記@の「HM」周辺のサンゴ群集については、平成13年頃より住民からの指摘がなされていた。

  事業者は、サンゴについての事後の監視として、サンゴ類監視調査地点を3地点(各地点とも10m×10mの区画)選定し、継続的に監視をしてきたとしている(甲8:評価書7−5、甲31:平成17年度中城湾泡瀬地区環境監視委員会第1回委員会資料2−80「サンゴ類広域分布調査結果」)。

   上記「HM」ポイントは、サンゴ類監視調査地点ではなかったが、住民よりの意見を無視することができないと考えた事業者は、上記「HM」ポイントの調査を実施し「被度10〜30%」、分布面積「2.4ha」との調査結果を示している(甲31)。

  なお、上記「HM」ポイントは、航路のための浚渫区域にかかっており、ここに生息するサンゴ群集は生息基盤が直接消滅することになる。

  事業者が掲げたサンゴ類についての環境保全目標が「サンゴ類(10%以上の区域)については生育・生息基盤を維持し、環境要素を相当程度保全すること」(評価書4−14)であることからすれば、この「HM」ポイントを浚渫区域から外す等の対応が必要となるはずだが、現在までそのような対応はもちろん何らかの保全策が示されたということもない。

C さらに、泡瀬干潟を守る連絡会の調査後である平成17年5月31日〜6月3日の間、事業者も、「HM」ポイント、「SHS」ポイントのサンゴ群集確認調査を実施した(甲32:平成17年度中城湾泡瀬地区環境監視委員会第1回委員会資料3、7頁、8頁、30頁〜33頁)。

  この調査結果につき、事業者は、

    T 「HM」ポイントについては、「西防波堤北西部のサンゴ群集は、ヒメマツミドリイシを主体とするサンゴ群集であり、面積は約29,360uであった。」

    U 「SHS」ポイントについては、「海上工事区域西側の調査点St.1〜6において、まとまったサンゴ群集が確認されたのは、St.3〜6の4地点であり、このうちSt.4とSt.5は連続した群集であった。」「St.3における群集面積は、リュウキュウキッカサンゴを主体とする区域が116u、オヤユビミドリイシを主体とする区域が28uであった。」「St.4〜5における群集面積は、スギノキミドリイシを主体とする区域が434u、ホソエダミドリイシを主体とする区域が114u」「St.6における群集面積は、ヤッコアミメサンゴを主体とする区域が179uであった。」

 旨報告するが、個々の群集、群落ごとの被度については一切明らかにせず、「St.3〜6の調査地点以外において、周辺にまとまったサンゴ群集は確認されず、分布域としてみた場合のサンゴ類の生息被度は1%未満であるものと考えられた。」とするのみである。

  そして、1%未満との生息被度を出す際に用いた調査方法は、環境影響評価実施時に用いた10m×10m毎の方形枠調査ではなく、「箱メガネによる船上目視観察とマンタ法による潜水目視観察」によるというものである。

  環境影響評価実施時に用いた調査方法とは異なる調査方法を用いている点、また、個々の群集、群落毎の被度を一切明らかにしていない点に、事業者側の作為的な意図が窺われる。

  ※ なお、「マンタ法」については環境省・日本サンゴ礁学会編「日本のサンゴ礁」において、「ボートの船尾から曳航板を垂らし、その板に捕まった観察者が船に曳航されながら、海底の状況を観察、記録する方法。曳航板に記録用紙を設置し、観察者自身が記録する方法と、船上の記録者に観察結果を伝えて記録する方法とがある。広い海域のサンゴ被度やオニヒトデの調査に用いられる。広域を短時間で調査できるため、概況調査に適している。サンゴ被度は観察者が目測で見積もるため、主観的になりやすい短所がある。」旨解説されている(甲29:同書81頁)。

D 上記のヒメマツミドリイシ、スギノキミドリイシは、前述「沖縄では1998年7月頃から大規模なサンゴ礁の白化現象として現れ、沖縄島西岸ではミドリイシ属のサンゴをはじめ多くの優占種が壊滅的ダメージを被った」との記載にあるまさしく沖縄では壊滅的ダメージを被ったミドリイシ属のサンゴである。

E 平成8年の調査当時の見落としの可能性

  証人安部真理子は、後に発見された上記サンゴにつき、「ミドリイシ類に関しては、成長が非常に早い種類なので、見落とした後も後から入ってきた可能性もありますし、何とも言えない面があります。しかしながら、リュウキュウキッカサンゴという被覆状から葉状の形をとるサンゴがあるのですが、そのサンゴは、成長が非常に遅いので、私が確認した大きさのものを、その平成8年当時に全く見かけなかったというのは、それは見落としが生じた可能性が高いと思います。」と述べている(安部尋問調書8頁、9頁)。  

F 平成10年もしくは平成12年当時に再調査をしていた場合の発見の可能性

  証人安部真理子は以下のとおり述べている(安部尋問調書9頁、10頁)。

  (問)「平成15年6月の調査のときの状況からすると、ヒメマツミドリイシというのは、例えば泡瀬の埋立の免許承認がされた平成12年当時、既に存在していたと考えられるものなんでしょうか。」

  (答)「幾らミドリイシ類が成長が早いとはいえ、全く何もないところから、平成12年から平成15年という3年の間に広がるということは、考えにくいので、平成12年当時には、あったと思います。」

  (問)「先ほど示しましたヒメマツミドリイシの群落ですけれど、これ平成10年(平成12年は誤りである。)の白化現象の後に再度調査をしていた場合には、その当時には、ヒメマツミドリイシの群落、規模は分かりませんが、存在していたと考えられますか。」

  (答)「はい、私は思います。」

G このような貴重なサンゴが、事業者の杜撰な調査の結果見落とされたまま環境影響評価手続がすすんでしまったため、何の保全策もとられないまま消失されようとしているのである。

H 事業の実施により生息基盤が直接消失してしまう区域に存在した、被度が10〜30%と高く(最大被度50%を超える)、約2.9haという大規模なサンゴ群集を見落としているとの極めて重大な結果からしても、事業者の実施した調査が杜撰なものであることは明白である。

(2)予測が杜撰であること(サンゴ類について)

ア 予測の結果

  環境影響評価書に記載された予測の結果は、 

(ア)工事の実施に係る予測

  「サンゴ類(生息被度0〜10%)は、埋立工事により一部がやむを得ず消滅することになるが、残存域では埋立工事による水質(SS)の影響はSS発生ピーク時においてもSS濃度は概ね2mg/L以下となっている。工事の進捗によるSS発生位置の移動ならびにSS発生継続時間も考慮すると、間接的影響も含めて、サンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられる。」(甲8:評価書5−402)

(イ)土地または工作物の存在に係る予測

  「海生生物のうち埋立地の存在によって影響を受ける可能性のある海生生物としては、海藻草類、サンゴ類及びトカゲハゼがあげられる。」「サンゴ類の分布域(生息被度0〜10%の区域)が埋立によりやむを得ず一部消失するが、周辺にはまだかなりの分布域が残っている。」「したがって、サンゴ類の生育・生息地への影響は少ないものと考えられる。」(甲8:評価書5−402)

 とされている。

   しかし、これらの予測は全くの出鱈目である。

イ 工事の実施に係る予測について

(ア)評価書が予測の前提として用いているSS濃度は全工事期間を通じたSS発生ピーク時におけるSS濃度である(甲8:評価書5−133参照)。

(イ)全工事期間を通じたSS発生ピーク時におけるSS濃度を予測の一つの材料として用いること自体は原告らとしても是認することはできる。

   しかし、それだけでは法が予定している予測が適正になされたと評価できるものではない。

(ウ)この点、環境影響評価法第4条第3項、第5条第1項、第6条第1項、第10条第1項及び第12条第1項の規定に基づき、公有水面の埋立て又は干拓の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令(平成10年6月12日農林水産省・運輸省・建設省令第1号)(以下「省令」という)によると

@ 第8条1項、「第3項に定めるところにより必要に応じ標準手法より詳細な調査若しくは予測の手法(以下「重点化手法」という。)を選定するものとする。」

A 同条3項、「重点化手法は、次の各号のいずれかに該当すると認められる場合に選定するものとする。

  2号 対象埋立て又は干拓事業実施区域又はその周囲に、次に掲げる地域その他の対象が存在し、かつ、事業特性が次のイ、ロ又はハに規定する標準項目に関する環境要素に係る相当程度の環境影響を及ぼすおそれがあるものであること。

  イ 当該標準項目に関する環境要素に係る環境影響を受けやすい地域その他の対象

  ロ 当該標準項目に関する環境要素に係る環境の保全を目的として法令等により指定された地域その他の対象

  ハ 当該標準項目に関する環境要素に係る環境が既に著しく悪化し、又は著しく悪化するおそれがある地域 」

 と規定されている。

(エ)前述したとおり、サンゴ礁、サンゴ群集はそれ自体貴重なものである。

  そして、サンゴ礁、サンゴ群集は非常に繊細であり、脆弱である。

  また、海の濁りに対し脆弱なサンゴ礁を守るため、沖縄県が平成7年に赤土等流出防止条例を制定していることからしても、工事による濁りの発生がサンゴ群集分布域に与える影響を予測するに際しては、慎重になされることが要請される。

  そして、

@ サンゴ礁が海の濁りに対し脆弱であることについては、省令第8条3項2号イに

A サンゴ礁を海の濁りから守ることを目的とした条例が制定されていることについては、省令第8条3項2号ロに

B 世界的な白化現象等により既にサンゴが壊滅的なダメージを受けていること、航路浚渫により浚渫区域にかかるサンゴ群集自体が消失し、その近傍のサンゴ群集も濁りに対し非常に脆弱であるためサンゴ群集の生息環境が著しく悪化するおそれがあることについては、省令第8条第3項2号ハに

  それぞれ該当するのであり、本件ではサンゴ礁の予測(調査も含めて)については、法律上「重点化手法」を用いることが要請されているというべきである。

(オ)具体的には、SSのサンゴ群集分布域に対する影響を予測するに際しては、当該サンゴ群集分布域にもっとも近接する工事箇所にて発生するSS発生ピーク時の濃度をも予測し、当該SSがサンゴ群集分布域に対し与える影響についても予測すべきである。

(カ)本件に即して詳細に述べると、埋立計画地東側海域に存在するサンゴ群集分布域については、北端において新港地区の航路浚渫区域に接し、かつ、中央部分において、泡瀬地区の航路浚渫区域が浚渫幅である200mの幅で横断している(甲8:評価書2−40図−2.2.6「埋立土砂の採取場所及び搬入経路」及び評価書5−413図−5−2−36「中城湾港泡瀬地区におけるサンゴ類の分布状況」参照)。

  したがって、埋立計画地東側海域に存在するサンゴ群集分布域については、近接する新港地区の航路浚渫工事が実施される期間及び中央部分を横断する泡瀬地区の航路浚渫工事が実施される期間こそが、当該区域におけるSS発生ピーク時となることが予測される。

  当該区域にとってSS発生ピーク時となる時期のSS濃度ではなく、遙か遠くを発生地とする全工事期間を通じたSS濃度の間接的な影響のみをもとにSS発生による影響を予測したところで、全く意味のないことは明白である。

  なお、事業者の予測の結果によると、新港地区の浚渫工事実施時の当該工事区域におけるピーク時のSS濃度は10mg/L程度である(甲8:評価書5−146図−5.1.41(2)「SS拡散計算結果(工事中SS負荷ピーク時:5年次1か月目前半、日平均値)」参照)。

  とすれば、泡瀬地区の航路浚渫工事においても浚渫工事期間中の当該工事区域におけるピーク時のSS濃度もまた10mg/L程度と考えられる。

  したがって、埋立計画地東側海域に存在するサンゴ群集分布域においては、泡瀬地区の航路浚渫工事により中央部を200m幅で深さ−8.5mまで掘削されるだけでなく(甲33:「中城湾港港湾計画書−平成7年11月一部変更−」添付の「中城湾港港湾計画図」)、浚渫工事期間中10mg/L程度のSSが発生し、また、近接する新港地区の航路浚渫工事によっても、当該工事期間中10mg/L程度のSSが発生することとなるのである。

(キ)以上からすると、埋立計画地内については「やむを得ず消滅することになるが、残存域では、サンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられる。」などとする予測が全くの出鱈目であることは明白である。

  むしろ、前述したサンゴ群集の脆弱さからすれば、以上の工事の実施により、事業者の調査によっても調査区域最大規模とされるサンゴ群集分布域(被度30〜40%未満の区域を含む)が重大なダメージを受けることは明白である。

(ク)そして、この点、証人安部真理子も

    @ 浚渫される航路部分に生息しているサンゴについて

  「当然掘り返されてしまうので、死んでしまうことになります。」

    A 浚渫される航路の近傍に生息するサンゴについて

  「まずはしゅんせつの際に生じる土砂をかぶってしまいますので、窒息してしまうと思います。」

    B 航路の浚渫がサンゴに与える影響について

  「非常に大きいと思います。サンゴは、冒頭に述べましたとおり、サンゴの生息には透明な水というものが必要ですので、土砂が上から降ってくるような状況というのは、非常に生き延びていく上で困る状況なんです。」

 などと述べているところである(安部尋問調書11頁)。

(ケ)なお、埋立計画地南南西沖合に存在するサンゴ群集分布域についても、遙か遠くを発生地とする全工事期間を通じたSS発生ピーク時のSS濃度の間接的な影響のみをもとにSS発生による影響を予測したところで、全く意味がないことは同様である。

  このサンゴ群集分布域は埋立計画地南南西に位置する沖合に存在しているのであるから、この分布域に最も近接する工事箇所(埋立計画地南側等)における工事期間中のSS発生ピーク時の濃度をも予測し、当該SSの影響についても予測すべきは当然である。

ウ 土地または工作物の存在に係る予測

  「サンゴ類の分布域(生息被度0〜10%の区域)が埋立によりやむを得ず一部消失するが、周辺にはまだかなりの分布域が残っている。」などという前提となる予測自体が誤りである。

(ア)前述したとおり、工事の実施により、埋立計画地東側海域の調査区域最大規模のサンゴ群集分布域が重大なダメージを受け、埋立計画地内の約47haという規模のサンゴ群集分布域は完全に消滅する。

(イ)かろうじて影響がそれほど大きくないと考えられるのは、埋立計画地南南西の沖合にあるサンゴ群集分布域のみである。

  しかし、当該分布域にしても、調査区域内に残された唯一のサンゴ群集分布域として孤立してしまえば、遺伝的多様性を確保できず(環境の変化に対応することが難しくなってしまう。)、他のサンゴ群集分布域からの卵の供給もなく、むしろ、早晩衰退していってしまうことが予測される(甲115、119、証人安部真理子の尋問の結果)。

(ウ)したがって、「サンゴ類の生育・生息地への影響は少ないものと考えられる。」などという予測が全くの出鱈目であることは明白である。

エ なお、「工事の実施に係る予測」、「土地または工作物の存在に係る予測」に共通することではあるが、事業者は、本件埋立工事の工程に含まれ不可分一体となっている、泡瀬地区の航路浚渫工事及び浚渫後誕生する航路の存在を意図的に工事の実施及び工作物の存在がサンゴに与える影響の予測の対象から外しているが、この点も、環境影響評価法に違反している。

  前記省令第10条5項は、予測の手法として、「事業者は、第1項の規定により予測の手法を選定するに当たっては、対象埋立又は干拓事業以外の事業活動その他の地域の環境を変化させる要因によりもたらされる当該地域の将来の環境の状況を勘案して予測が行われるようにしなければならない。」と規定している。

  泡瀬地区の航路浚渫工事及び浚渫後誕生する航路の存在により、埋立計画地東側海域に存在する調査区域最大のサンゴ群集分布域の少なくない部分が消滅し、当該工事等により少なくないSSの影響を受けるのである。

  本件評価書は、この点を全く無視し、消滅するサンゴ群集分布域は埋立計画地内の約47haのみである旨記載しているのであり、この点からしても法が要求している環境影響評価がなされているなどとは到底評価できるものではないことは明らかである。

オ さらに付言すると、

(ア)沖縄県及び沖縄開発庁総合事務局が事業者となった「中城湾港公有水面埋立事業」につき1992年1月作成された「中城湾港公有水面埋立事業に係る環境影響評価書」によると、同評価につき、沖縄県知事は、自然環境保全に係る意見として、「沖合防波堤付近ではサンゴ群集の生育状態が比較的良好な状況にあるので、浚渫がこの地点に最も近接して実施される場合の濁りの発生・拡散をできるだけ軽減するよう努めること。」との意見(甲34の1、2:環境影響評価の概要情報)

(イ)沖縄県及び沖縄開発庁総合事務局が事業者となった「中城湾港(新港地区)公有水面埋立事業」につき1994年7月作成された「中城湾港(新港地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書」によると、同評価につき、沖縄県知事は、自然環境保全に係る意見として、「沖合防波堤付近ではサンゴ群集の生育状態が比較的良好な状況にあることから、浚渫がこの地点に最も接近して実施される場合は、濁りの発生・拡散をできるだけ軽減するよう努めること。」との意見(甲35の1、2:環境影響評価の概要情報)

(ウ)沖縄県が事業者となった「中城湾港(西原与那原地区)公有水面埋立事業」につき1995年3月作成された「中城湾港(西原与那原地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書」によると、同評価につき、沖縄県知事は、「造礁サンゴ類の生息域や海藻草類の分布域及びヒジキの分布域の近傍における浚渫・埋立工事の実施にあたっては、濁り(SS)の発生・拡散による影響を極力低減するため、環境監視の結果を踏まえつつ、適切な措置を講ずること。」との意見(甲36の1、2:環境影響評価の概要情報)

 をそれぞれ出している。

  ところが、サンゴ群集の近傍が浚渫されるだけでなく、サンゴ群集の生息地そのものが浚渫区域となっており消滅してしまう本件においては、サンゴ群集の生息地が浚渫工事によって消滅してしまうことだけでなく、サンゴ群集の近傍にて浚渫工事が行われることのサンゴ群集に与える影響についてすら評価書に一切記載がないにもかかわらず、沖縄県知事からは、この点について何ら意見が出されていない。

  上記は、事業実施主体及び免許・承認権者が同一であることからくる、馴れ合い、お手盛りによるものというほかない。

(2)予測が杜撰であること(サンゴ礁生態系について)

ア 予測の結果

  環境影響評価書に記載された予測の結果は、

(ア)工事の実施に係る予測

  「埋立工事の実施に、サンゴ群集分布域(ここでは被度10%未満)が約47ha消失することになるが、埋立区域を既存陸域から150〜250m程度離した人工島方式の埋立形状にしたことにより、やや沖合における生息被度10%以上のサンゴ生息域を含むサンゴ礁の保全は図られている。」(甲8:評価書5−423)と記載されているが、約47haのサンゴ群集分布域の消失が沖合における生息被度10%以上のサンゴ生息域とどのような関係にあり、その消失が残存するサンゴ群集分布域にどのような影響を与えるのか(もしくはそもそも別個の生態系でありそれぞれの生態系間の関係、影響など存在しないのか)という記載は全くなく、予測の過程、結果は一切記載されていない。

  「サンゴ礁の保全は図られている」との記載はあるが、当該記載は評価の結果に過ぎず、予測の結果とはなっていない。

(イ)土地または工作物の存在に係る予測

  「埋立地の存在により、サンゴ群集分布域(ここでは被度10%未満)が約47ha消失することになるが、」と記載されているだけで、サンゴ群集分布域についての予測の結果はそもそも何ら記載されていない(甲8:評価書5−423)。「埋立地を可能な限り沖合へ出す計画としており、概ね150〜250m幅の海域が残存している。」との結論らしき記載があるが、この残存する海域とは、既存の陸地と埋立によって生じる人工島との間の海域を意味しており、当該海域には、そもそもサンゴ群集分布域が存しないこととされている(甲8:評価書5−368)ため、何故この結論がサンゴ礁生態系についての予測の結果になるのか全く理解できない。

  結局土地または工作物の存在に係るサンゴ礁生態系についての予測の結果は一切記載されていないこととなる。

イ その余については、前述したサンゴ類について述べたことがそのまま妥当する。

(3)評価が杜撰であること(サンゴ類について)

ア 評価の結果

 環境影響評価書に記載された評価の結果は、

(ア)工事の実施が環境に及ぼす影響の評価

  「サンゴ類についてはごく狭い範囲ではあるが生息被度のやや高い区域がみられることから、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)を評価対象とした。価値レベルについては、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)は、分布状況や被度の状況を考慮し、市町村的価値を当てはめて評価する。」「サンゴ類(生息被度10%以上(未満の誤記である。)の区域)は、埋立工事により一部がやむを得ず消滅することになるが、残存域では埋立工事による水質(SS)の影響は、SS発生ピーク時においてもSS濃度は概ね2mg/L以下となっている。工事の進捗によるSS発生位置の移動ならびにSS発生継続期間も考慮すると、評価対象としているサンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられる。」(甲8:評価書5−404)

  ※ 太字については原告代理人の加筆部分である。事業者の保全目標によると、生息被度10%未満か以上かによってサンゴ類の保全につき雲泥の差が生じるのであるから、このような極めて重大な点についての誤記が訂正されないまま免許、承認がなされてしまう審査体制そのものがそもそも極めて杜撰であると言わざるを得ない。

(イ)土地または工作物の存在が環境に及ぼす影響の評価

  「サンゴ類についてはごく狭い範囲ではあるが生息被度のやや高い区域がみられることから、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)を評価対象とした。価値レベルについては、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)は、分布状況や被度の状況を考慮し、市町村的価値を当てはめて評価する。」「サンゴ類の主たる分布域(生息被度10%以上(未満の誤記である。)の区域)の埋立による一部消滅がやむを得ず起こるが、周辺にはまだかなりの分布域が残っている。」「したがって、これらサンゴ類の生育・生息地への影響は少ないものと考えられる。」(評価書5−405)

  ※ 誤記の訂正については前述同様である。

 とされている。しかし、これらの評価は全くの出鱈目である。

イ 埋立計画地内のサンゴ類については被度10%未満のためそもそも評価の対象としていないことについて

(ア)前述のとおり、泡瀬干潟を守る連絡会の調査によると、埋立計画地内である

@ 原告ら準備書面(7)別紙「サンゴ調査地点地図」の「SHS」周辺においてスギノキミドリイシを優占種とする10m×10m枠で最大被度50%以上の密生域を含む分布面積約400平方メートル以上のサンゴ群集

A 同じく「SHS」周辺において分布面積約150平方メートル程度のリュウキュウキッカサンゴの群落(10m×10m枠で最大被度30%以上)

 などが確認されているのであり、この一事をもってしても、事業者の評価が妥当でないことは明白である。

(イ)仮に、百歩譲って、環境影響評価実施時に、埋立計画地内の被度10%を超えるサンゴ群集分布域を確認することができなかったことにつきやむを得ない事情があったとしても、以下述べるところからすると、埋立計画地内のサンゴ群集分布域につき評価の対象としていないことは環境影響評価法に違反している。

@ 前記省令第7条は、「対象埋立又は干拓事業に係る環境影響評価の調査、予測及び評価の手法は、事業者が、次に掲げる事項を踏まえ、選定項目ごとに次条から第12条までに定めるところにより選定するものとする。」とし、同条2号は「前条第3項第2号イ(動物のこと)及びロ(植物のこと)に掲げる環境要素に係る選定項目については、陸生及び水生の動植物に関し、生息種又は生育種及び植生の調査を通じて抽出される学術上又は希少性の観点から重要な種の分布状況、生息状況又は生育状況及び学術上又は希少性の観点から重要な群落の分布状況並びに動物の集団繁殖地その他の注目すべき生息地の分布状況について調査し、これらに対する環境影響の程度を把握できること。」と規定している(※太字部分は原告代理人の加筆である)。

A そして動物に関する「学術上」「希少性」の考え方については、

    『@ 学術上の観点

       学術上の観点から重要なものには、例えば以下のようなものが含まれる。

      動物種

      (ア)固有性

       ・ 分布が限定される種(亜種を含む)

       ・ 形態的に顕著な特徴をもつ個体群(形態的な変異に富むもの)

      (イ)分布限界

       ・ 種の水平・垂直的な分布限界

      (ウ)隔離分布

       ・ 隔離分布を示す種

      (エ)教育研究上の重要性

       ・ 継続的に観察・調査されている個体群

       ・ 遺存的なもので研究上重要な種

       ・ 種の基準産地における個体群

       など

      動物の生息地

      (ア)自然性

       ・ 原生的な状態に近い生息地

       ・ 一定の面積を有している自然性の高い生息地

      (イ)傑出性

       ・ 鳥類の集団渡来地・集団繁殖地などの大規模な生息地

      (ウ)多様性

       ・ 構成種の多様性に富む自然の生息地

       ・ 伝統的な管理により維持されてきた構成種の多様性に富む生息地

      (エ)貴重種の依存性

       ・ 学術上重要な種、希少な種など貴重種が生息のための重要な場所として強く依存する生息地

      (オ)生息立地の特異性

       ・ 湿原、洞窟、特殊岩地などの特異な立地条件に成立する生息地

      (カ)脆弱性

       ・ 環境の変化の影響を受けやすい生息地

      (キ)教育研究上の重要性

       ・ 動物に関する調査・研究が行われ、教育研究上重要な生息地

       など

     A 希少性の観点

       希少性の観点から重要なものには、全国レベルから地域レベルまで各地域サイズにおける希少なものが含まれる。

       また、個体数や生息面積が少ないほど重要であり、絶滅(生息地の場合は消滅)が危惧されるものは、最も重要である。特に地域において減少が進んでいるものについては、その減少速度によっても重要性が高まる。

  とされている(甲37:環境庁企画調整局編「環境庁環境影響評価技術検討会中間報告書 自然環境のアセスメント技術(T)」74頁、75頁)。

B この点、事業者が実施したサンゴ類の調査結果をまとめた「中城湾港泡瀬地区におけるサンゴ類の分布状況」(甲8:評価書5−413)(甲38)と海藻草類の調査結果をまとめた「中城湾港泡瀬地区における藻場の分布状況」(甲8:評価書5−376)(甲39)を重ね合わせて見ると、埋立計画地内のサンゴ類分布域が見事なまでに海藻草類の分布域と重なっており、サンゴ群集と海藻草類が共生している状況がよく分かる。

C サンゴ群集と海藻草類が共生をするということは非常に希有なケースであり他では見られない。

  このことからすると、埋立計画地内の海藻草類と共生するサンゴの個体群は希少性が高い個体群と言える。

D また、環境省・日本サンゴ礁学会編「日本のサンゴ礁」によると、

  「世界のサンゴ礁生態系は乱獲と汚濁のために100年前から衰退傾向にあり、近年の白化現象や病気の蔓延がこれに拍車をかけているため、早急に保全対策を実行しないと20〜30年以内に衰亡してしまう」。「わが国のサンゴ礁でも、1970年代からのオニヒトデ大発生による食害、表土の流出、最近の高水温による白化などのため、サンゴ群集は繰り返し撹乱をを受け、衰退の傾向にある。」「これらの動向を受けて、1995年には日米豪等関係国が参加して国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)が構築され、サンゴ礁保全に関して国際的に議論する体勢が調った。」「オニヒトデ大発生による食害等のため衰退したサンゴ群集へのサンゴ幼生の新規加入は、地形や繁殖期の気象・海象条件などに左右されるため、回復の程度は場所により大きく異なる。そのため、自然のままでは回復が遅いサンゴ礁において、人為的に修復・再生を行って回復を早め、幼生供給源の拡大、他の動物のすみかの提供、海中景観の改善などに資することが期待されている。」(以上まで同書142頁)

  「今後のサンゴ礁修復技術は幼生を扱うことが主流になると予想される。」「移植や放流に当たって適地の選択は極めて重要な問題である。言うまでもないことだが、修復は新たな環境に導入したサンゴが短期間で成長し、順調に子孫を残して生息範囲を拡大していかねば成功とは言えない。この点で浮遊幼生がどのような環境で着生するのかを含めて、サンゴの全生活史の各段階で、種間競争や貝類、サンゴ食性魚類による食害の影響などを明らかにする必要がある。」(以上まで同書150頁)

 とされている。

  上記のようなサンゴ礁修復技術を検討するという意味でも、サンゴと海草海藻との共生という他に類を見ない希有な生息状況・環境を研究することは、未知の部分が多いサンゴの生態を明らかにするという点で非常に有益であり、研究上の重要性は極めて高い。

E 以上より、埋立計画地内のサンゴ群集分布域は、「学術上又は希少性の観点から重要な種の分布状況、生息状況又は生育状況」(省令第7条第2号)に該るのであり、この貴重なサンゴ群集分布域を評価の対象とすべきことは明白である。

F そして、このような評価の対象とすべき貴重なサンゴ群集分布域につき何ら評価をすることなく、漫然と埋立による消滅を是認している評価の結果が出鱈目なものであることは明らかである。 

ウ 当初設定した環境保全目標を満たしているか否かという観点からの評価が一切なされていない。

(ア)事業者は、環境影響評価の実施に際し、「生物の多様性の確保及び自然環境の体系的保全」に関する環境保全目標を予め設定している(甲8:評価書4−14)。

  これは、あらかじめ事業者において環境基準や行政上の指針値等を環境保全目標として設定し、この目標を満たしているか否かという観点から評価を行うという従来の環境影響評価手続の考え方によるものである。

  この手法については、批判もあるところではあるが、事業者が、本件環境影響評価手続において、自ら環境保全目標を設定した以上、工事の実施・工作物の存在等が環境に与える影響を評価する際には、当初設定した環境保全目標を満たしているか否かという観点からの評価を行うべきことは当然のことであり最低限守られるべきルールである。

  このことは、事業者自身、環境影響評価の評価の手法として、「環境に及ぼす影響の評価に当たっては、環境基準や環境保全の観点からの施策によって各項目に関する基準等が示されている場合は、当該基準等と調査及び予測の結果との比較検討を行うこと及び実行可能な範囲内でできる限り影響が回避・低減されており、必要に応じ環境の保全についての配慮が適正になされているかどうかの視点も踏まえて、以下の環境保全目標を設定し評価を行うものとする。」「環境保全目標は、「第4章第1節環境影響評価の項目」で選定した予測及び評価の対象とする項目ごとに以下のとおり設定する。ただし、環境保全目標を満たす場合においても、事業者として実行可能な範囲内において影響の回避、低減に努めることとする。」としていることからも明らかである(甲8:評価書4−10)。

(イ)そして、事業者は、自らが実施する環境影響評価の中で、「植物及び動物(海域)に係る環境保全目標は、「植物の生育状況及び動物の生息状況に及ぼす影響を努めて最小化すること。」また、海藻草類(濃生・密生域)、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)及びトカゲハゼについては生育・生息基盤を維持し、環境要素を相当程度保全すること」とする。」とし(甲8:評価書4−14)、上記「影響を努めて最小化すること。」との環境保全目標は、保全の対象が「市町村的価値に値するもの」(Cランク=三段階の一番下)に対し設定し、「環境要素を相当程度保全すること」との環境保全目標は、保全の対象が「都道府県的価値に値するもの」(Bランク)に対し設定することとしている(甲8:評価書4−14、表−4.3.7)。

(ウ)上記によると、海藻草類(濃生・密生域)、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)及びトカゲハゼについては、Bランクである「都道府県的価値に値するもの」として環境保全目標を設定していることとなる。

(エ)ところが、事業者が実施した評価の結果は、前述したとおり

@ 工事の実施が環境に及ぼす影響の評価

  「サンゴ類についてはごく狭い範囲ではあるが生息被度のやや高い区域がみられることから、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)を評価対象とした。価値レベルについては、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)は、分布状況や被度の状況を考慮し、市町村的価値を当てはめて評価する。」「サンゴ類(生息被度10%以上(未満の誤記である。)の区域)は、埋立工事により一部がやむを得ず消滅することになるが、残存域では埋立工事による水質(SS)の影響は、SS発生ピーク時においてもSS濃度は概ね2mg/L以下となっている。工事の進捗によるSS発生位置の移動ならびにSS発生継続期間も考慮すると、評価対象としているサンゴ類の分布域への影響は少ないものと考えられる。」(甲8:評価書5−404)

A 土地または工作物の存在が環境に及ぼす影響の評価

  「サンゴ類についてはごく狭い範囲ではあるが生息被度のやや高い区域がみられることから、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)を評価対象とした。価値レベルについては、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)は、分布状況や被度の状況を考慮し、市町村的価値を当てはめて評価する。」「サンゴ類の主たる分布域(生息被度10%以上(未満の誤記である。)の区域)の埋立による一部消滅がやむを得ず起こるが、周辺にはまだかなりの分布域が残っている。」「したがって、これらサンゴ類の生育・生息地への影響は少ないものと考えられる。」(甲8:評価書5−405)

 というものである。

(オ)事業者は、当初「都道府県的価値」を有するものとして「環境要素を相当程度保全する」と設定したはずの環境保全目標に対し、評価の時点では、「市町村的価値」を有するものとして価値のランクをワンランク下げ、「影響は小さい」(前述「影響を努めて最小化する」と同義のものと思われる。)との評価をしているにすぎない。

  結局、本件環境影響評価では、サンゴ類(生息被度10%以上の区域)について事業者が当初設定した環境保全目標を満たしているかどうかについての判断は一切なされていないこととなる。

(カ)上記は、本件環境影響評価の致命的な欠陥である。

  なお、以上の指摘は、「サンゴ類(生息被度10%以上の区域)」だけでなく、同じく当初都道府県的価値を有するするものとして「環境要素を相当程度保全する」との環境保全目標が設定された「海藻草類(濃生・密生域)」についてもそのまま妥当する(甲8:評価書4−14、5−404、5−405)  

エ また、既に前述したとおり、評価の前提となる「調査」が極めて不十分であり、「予測」が全くの出鱈目なものであることからして、これらの「調査」、「予測」を前提とする「評価」もまた当然の帰結として全くの出鱈目である。

(4)評価が杜撰であること(サンゴ礁生態系について)

ア 評価の結果

  環境影響評価書の記載によると

(ア)工事の実施が環境に及ぼす影響の評価

  「地域を特徴づける生態系として干潟、藻場、サンゴ礁のうち、注目種として抽出したトカゲハゼ(干潟生態系の干潟魚類)とムナグロ(干潟生態系の水鳥類)に代表される干潟生態系注目種は、実行可能な範囲内で埋め立て工事による影響の回避もしくは低減がなされている。」「以上のとおり、生態系に関する環境の保全についての配慮が適正になされていると考えられる。」(甲8:評価書5−425)

(イ)土地または工作物の存在が環境に及ぼす影響の評価

  「地域を特徴づける生態系として干潟、藻場、サンゴ礁のうち、注目種として抽出したトカゲハゼとムナグロに代表される干潟生態系は、埋立地の存在によっても残存域での環境の保全は図られるとみられることから、影響の低減がなされている。」「以上のとおり、生態系に関する環境の保全についての配慮が適正になされていると考えられる。」(甲8:評価書5−425)

 とされている。

イ 上記には、サンゴ礁生態系を代表するサンゴ礁生態系注目種の記載は皆無であり、上記は、サンゴ礁生態系に対しては何ら評価の結果とはなっていない。「トカゲハゼ」、「ムナグロ」は、本件環境影響書にそれぞれ「干潟生態系注目種」と記載されているとおり、干潟生態系の注目種であって、サンゴ礁生態系の注目種でではない。

ウ なお、事業者は、「できる限り影響を回避、低減するため、港湾計画作成段階より自然環境に配慮した計画の策定に努め」、「サンゴ礁の保全」として、「沿岸部のリーフ外縁付近には、一般的な造礁サンゴ類が主に生息被度10%未満で分布しており、局所的には生息被度10〜40%未満の区域も見られる。やむを得ず生息被度0〜10%未満の区域が一部消失することになるが、当該地区において相対的に高被度である生息被度10〜40%未満の区域については埋立を回避することにより、全体としてサンゴ類への影響の低減を図った。」(甲8:評価書5−405)と、埋立計画地を現在の位置よりも遙かに沖合に持っていき、「サンゴ分布状況」図(甲8:評価書5−368)の被度10%〜40%未満のサンゴ群集分布域に埋立計画地がかかるような計画案も具体的に検討してきたかのような記載をしている。

  しかし、事業者がそのような案を代替案として具体的に検討していた事実など存しない。

  上記記載は、本件評価書によると、サンゴ群集分布域については影響の回避、低減の措置が一切なされていないこととなってしまうことから、「複数の代替案を検討し、サンゴ群集分布域に対する影響を配慮した結果、現在の埋立計画地とした」とすることで、サンゴ群集分布域に対する影響を回避、低減する努力をしたという形だけを作出するための記載ではないかと思われる。

(5)まとめ

  以上より、本件環境影響評価は、サンゴ群集、サンゴ礁生態系に関する部分のみを検討しても、調査が極めて不十分であり、予測、評価については全くの出鱈目であり、到底、法が要求するあるべき環境影響評価がなされたなどと評価できるものでないことは明白である。

 

第4 海藻・海草について(ただし、クビレミドロは除く)(甲40、甲100、証人金本自由生)

 

1 海草とは(証人金本2頁、3頁)

(1)海草は、アオサやノリ(海苔)、ヒジキなどの海藻と違い、陸上植物のイネや湿地や池沼に生えるヒルムシロなど淡水草類に近い仲間である。下等動物が海から陸上や淡水に適応し、高等動物になったクジラやイルカが海に還ったのと同様に、海草は高等な植物である。つまり、海草は水中顕花植物に分類され、陸上の稲や菊と同じく根、茎、葉、花がはっきり区別でき、花が咲いて受粉し、種子ができて、発芽するという生活史を経て、子孫を残す。

(2)海草の受粉のメカニズムは水中を漂った花粉が雌花にある雌蕊に受粉するが、背丈の高いウミショウブを除いて、水中で受粉する種類がほとんどであり、密度(被度)の高い居場所でないと、受粉が難しく、密度(被度)が高い場所の方が、受粉率が高く、繁栄する結果になる。

  また、ジュゴンは海草を食べて生活しており、ジュゴンによって海草の花粉の受粉が助けられる可能性も指摘されている。

  沖縄本島には、1211平方キロもの海草藻場が存在するが、以前はもっと多くの海草藻場が存在したが開発によって減少した。泡瀬干潟には、1994年の時点では112ヘクタールもの海草が存在しており、沖縄本当全体の約9.2パーセントに当たる藻場が存在している。

 

2 海草藻場の学術的価値、役割について(証人金本5頁〜7頁)

  海草藻場は、生産性が高く、かつ多様な動植物の生息場所となっていることから、沿岸生態系において重要な役割を担っている。

  その生産性の高さと言う点で、熱帯雨林、温帯雨林、サバンナ、湿原、耕作地、サンゴ礁、等14区分に分けた中で、その生産力(1u当り乾燥重量で1日に生産される量(g))は湿原で一番高く5.5g/day、熱帯雨林で5.2、海草藻場は、今注目のマングローブ帯と並んで2.75番目に位置し、農耕地の1.8を凌ぐ1.5倍の生産力がある。また、その生産量は全海洋の1〜2%を占め、炭素吸収量は全海洋中の実に15%を占めるといわれている。

  海草藻場が多様な動植物のすみかになっている。海草藻場内とその周辺海域(藻場外)で、魚類では藻場内は藻場外の1倍から27倍の密度があり、大型甲殻類では1例だけであるが113倍、二枚貝では17〜28倍、内在性ベントス(底の地中に住むゴカイやアナジャコなど)は3〜5倍と、いずれも藻場内の密度が高く、藻場の地面や地中、葉上や、葉の間の空間と、藻場全体が非常によい住み場であると言う研究がなされている。

 

3 泡瀬干潟の海草藻場の重要性(証人金本7頁)

  環境省の第4回海域生物環境調査(1994)によると泡瀬の海草藻場面積は112haで、現在(工事で荒らす前)よりも小さい藻場であったが、それでも沖縄島全体の海草藻場面積1211haの9.2%に相当する。

  海草の種類数については世界屈指で、現在3科6属12種を数え(金本,未発表)、アフリカ東海岸モザンビークのメカフィ湾における8種(Banderia and Antonio, 1996)、インドネシアのクタ湾で10種、ゲルプク湾で11種(Kiswara, 1996)、タイのタイ湾全域でも3科7属9種(Lewmanomont et al, 1996)など、各国を代表する藻場でも泡瀬干潟には及ばない。特に被度の高さは特筆すべきである。

  泡瀬干潟に生息する代表的な海草としては、主に熱帯に分布する海草として、ヒメウミヒルモ、トゲウミヒルモ、ウミジグサ、マツバウミジグサ、ベニアマモ、リュウキュウアマモ、ボウバアマモ、リュウキュウスガモ、ウミヒルモ、オオウミヒルモ、ホソウミヒルモの11種が分布している。

  泡瀬干潟には日本に分布する海草20種のうち、過半数の11種が、また、主に熱帯に分布する海草に限っては、強熱帯性のウミショウブを除く全種が揃うという、異例に種類数の多い、世界的にも珍しい藻場である。

  また、主に温帯に分布する海草としてはコアマモが泡瀬に分布している。コアマモの分布は普通潮間帯に限られているが、泡瀬では水深5の場所でも発見されるという、世界にも類を見ない場所である。

  ホソウミヒルモは、環境影響評価書にはその存在が規定されていなかったが、2003年6月に発表された日本初記録種で、学名もまだ確定されていない。日本で確認されている海草のうち、ウミヒルモの仲間はウミヒルモ、ヒメウミヒルモの2種しか確認されていなかったが、泡瀬干潟の海草類の調査が進むに連れて、既報告の2種類だけに分類することが困難になってきたため、既報告の2種に加えて日本新産となる2種が生育していることが判明した。このホソウミヒルモを研究することで、海草の種類や生態の研究がより進むことになり、ホソウミヒルモはそれだけ保全の必要性が高いのである。つまり、コアマモにしても、ホソウミヒルモにしても、泡瀬に代わる代替地は今のところ存在しない。

  泡瀬地区には防波堤らしい防波堤がないが、それでも台風の被害を受けないのは、泡瀬の海草藻場がしっかりと防波堤の役目を果たしていることにある。

  また、既に述べたように、多くの生物に棲家を与え、農耕地を上回る高い生産量を誇り、高い光合成によって酸素と一次生産物を生産して生物群集に貢献し、二酸化炭素を吸収するなど汚染物を浄化し、防波堤の役目をするなどの役割を果たしている。

 

4 海草と環境影響評価手続との関係

(1)基本的事項、環境保全措置指針において要求されていること

  環境影響評価法制定に伴って当時の環境庁が作成した平成91212日に環境庁が作成した「環境保全措置指針に関する基本的事項」(以下「基本的事項」とする、甲42)及び、農林水産省・運輸省・建設省が平成10年6月12日に作成した「公有水面の埋立て又は干拓の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令」(以下「環境保全措置指針」とする)には、環境影響評価手続の方法について以下のように定められている。

  「基本的事項」二(1)によると、「環境保全措置の検討に当たっては、環境への影響を回避し、又は低減することを優先するものとし、これらの検討結果を踏まえ、必要に応じ当該事業の実施により損なわれる環境要素と同種の環境要素を創出すること等により損なわれる環境要素の持つ環境の保全の観点からの価値を代償するための措置以下( 「代償措置」という)の検討が行われるものとすること」とし、同(3)で代償措置環境影響保全措置の検討に当たっては「環境保全措置の効果及び必要に応じ不確実性の程度」を検討するとし、同(4)で「代償措置を講じようとする場合には、環境への影響を回避し、又は低減する措置を講ずることが困難であるか否かを検討するとともに、損なわれる環境要素と代償措置により創出される環境要素に関し、それぞれの位置、損なわれ又は創出される環境要素の種類及び内容等を検討するものとすること」としている。

  また、「環境保全措置指針」においても、同様の趣旨の規定がある。環境保全措置指針第16条1項では、事業者が環境保全措置の検討を行った際には、2号で「環境保全措置の効果及び当該環境保全措置を講じた後の環境の状況の変化並びに必要に応じ当該環境保全措置の効果の不確実性の程度」、4号で「代償措置にあっては、環境影響を回避し、又は低減させることが困難である理由」を整理することが要求されている。

  また、平成16年3月30日に環境省が発表した「藻場の復元に関する配慮事項」(甲42)においても、藻場の復元に関する配慮事項1として、「環境保全措置の検討に当たっては、環境への影響を「回避」又は「低減」することが優先されていること。」、「「代償措置」として行われる「藻場の復元」は、「回避」又は「低減」措置が困難な場合、又は回避・低減を実施しても、藻場への著しい影響が残ると判断された場合に検討されるものであること、その際、「回避」又は「低減」が困難な理由が明確にされていること」が要求されている。また、配慮事項6では、藻場の復元の計画段階での配慮事項として、「藻場の復元に係る目標が、その評価基準及び評価年次とともに明確に設定されていること」、その際には「目標の実現性とその根拠」が明らかにされることが要求されている。

  以上、述べてきたように、環境影響評価はまず、事業による環境に対する影響の回避・低減を検討し、なお回避・低減しきれない部分について最後の手段として代償措置の検討が許されるにすぎない。そして、代償措置を執るという場合には、代償措置が可能であると言うことの相当な確実性が法律上要求されていると考えるべきであり、環境影響評価は以下の点が記載されていなければならない。

@ 環境保全措置の検討にあたっては、環境影響の回避低減を優先しなければならないこと、

A 環境保全措置を検討するにあたっては、環境保全措置の効果の不確実性が検討されなければならないこと

  しかしながら、本件の環境影響評価手続においては、上記の点が満たされていない。

 

5 海草の環境影響評価手続の問題点

(1)代償措置の検討について

  本件の環境影響評価手続において、甲8、6−1頁以下で検討がされている。

  しかしながら、6−3で環境影響の回避低減の措置に関して、B藻場(大型海草による藻場の保全)で「埋立て工事中は海草藻類が生育している海域の水質環境の保全に努め、本件事業の進捗によっても相当程度の生育地が維持されるように、影響の低減に努める」としているのみである。そして、6−5頁において「(3)環境影響の回避・低減が困難であることから代償措置を検討したもの」としており、環境影響の回避・低減が困難であることについて、全く検討がなされていない。

  したがって、基本的事項、環境保全措置指針で要求されている、環境影響の回避低減を優先して検討するということが全くなされていない。

(2)調査の不十分さ

  海草の内、ホソウミヒルモは、環境影響評価手続が行われた後の、2003年6月に発見され発表されたものであり、環境影響評価書には記載されていなかった種である(甲40)。

  そのため、事業者は、環境影響評価手続を行うに際して、海草の種類について、十分な調査がなされていなかった。

(3)省令7条3号違反

  海草藻場は、生産性が高く、かつ多様な動植物の生息場所となっていることから、沿岸生態系において重要な役割を担っている。例えば貝類についても、海草藻場には,ホソスジヒバリ,リュウキュウサルボウ,ハボウキ,カブラツキ,リュウキュウバカガイ,ユキガイ,シラオガイ,リュウキュウザルガイ,リュウキュウアリソガイ,リュウキュウアサリなどの海草藻場に生息する大型二枚貝の生物量は大きく、リュウキュウサルボウ,ハボウキ,カワラガイ,リュウキュウアサリ,その他複数の種で,日本もしくは琉球列島最大規模の個体群が存在しているとされているところをみても(山下調書11頁下段〜12頁、甲120−2頁上段、甲121−2枚目中段)、海草藻場の重要性が分かる。

  省令7条3号では、選定すべき調査、予測、評価の手法として、「地域を特徴づける生態系に関し、上位性、典型性、特殊性の視点から注目される動植物の種又は生物群集を複数抽出し、これらの生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し、これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できること」を要求している(引用者において要約した)。

  甲8−5−409頁は藻場の典型性種として4種を抽出し、藻場を生息場とする動物も抽出しているが、この典型性種が実態を反映していないことについては証人山下が指摘している(山下調書15頁〜16頁)。また、山下は、藻場に生息している「特殊性」種として記載すべき種として、貝類としてはニライカナイゴウナ(甲98−476頁)やスイショウガイを例示している(山下調書16頁中段)。またリュウキュウアサリ(甲98−343頁)、リュウキュウサルボウ(甲98−443頁)等の沖縄版レッドデータブック登載種も藻場に生息していることは上記のとおり山下が指摘している。

  ところで、泡瀬アセス書では、本来上記藻場の重要性に照らし典型性種として実態を反映した種を掲記して、省令7条3号に従って、藻場の「生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し、これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できる」調査、予測の手法を選定すべきであったが、そもそも海草藻場に生息する上記希少種や典型性種の記載がないばかりか、影響予測についても「埋立工事による回避、低減は困難である。藻場の生態系としての役割は重要であることから、埋立工事による消失の影響は大きいものがある。したがって・・・移植させる」(甲8−5−423頁中段)などと記載するのみで、上記レッドデータブック登載種や豊富に生息する底生生物に対する環境影響の程度は全く記載されていないに等しく、省令7条3号の「これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できる」調査・予測及び評価の手法が選定されてとは到底言えない。

(4)省令8条1項違反

  海草藻場は省令8条(標準手法)1項・別表第二 標準手法(第八条関係)「地域を特徴づける生態系」に対する上記「埋立て等の工事」及び上記「埋立地等の存在」の欄では、「ロ 複数の注目種等の生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況」を掲げ、「二 調査の基本的な手法」として「・・・現地調査による情報の収集並びに当該情報の整理及び解析」とし、「四 調査地点」として、「動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて調査地域における注目種等に係る環境影響を予測し、及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点又は経路」などと規定している。ここに「注目種」としてリュウキュウアマモ等の海草類が挙げられていることは前記の通りである(甲8−5−409頁)。なお、上記において「注目種等」とは、地域を特徴づける生態系に関し、上位性、典型性及び特殊性の視点から注目される動植物の種又は生物群集をいう、とされている。

  しかし、甲8−5−408頁〜410、421頁〜424頁の記述では、「影響は大きい」(甲8−5−424頁中段)とあるが、「地域を特徴づける生態系」に対しどのような内容の環境影響が、どの程度あるのか、全く分からない。

(5)海草移植実験の不確実性について

  本件事業においては、事業者は、環境影響評価書、6−5においては、「泡瀬地区における生育被度50%の藻場(密生・濃生域)がやむを得ず約25ha消失することになる。そこで、埋立により消失する藻場(密生・濃生域)のうち主要な構成要素で埋立計画地周辺一帯に多く生育している大型海草種であるリュウキュウアマモ及びボウバアマモを用いて、埋立計画地東側の現況において砂質底で海藻草類の生育被度が50%未満の疎生域(図−19参照)にできる限り移植し、藻場生態系の保全に努めることとする。」としている。環境影響評価手続においてこのような代償措置を取るということは、海草移植が技術的で可能であることを前提としている。

  しかしながら、以下に述べるように、海草移植は、現在の段階においても技術的には確立されていないにもかかわらず、環境影響評価手続当時の段階で移植が可能であることを前提とされて上記手続が行われている。

ア 海草移植の概念(証人金本9頁、11頁)

  海草移植とは、科学的には、「海草を他の場所に移して定着させること。」を意味するが、海草を別の場所に移すという意味での移植(Transplantation)と、失われた藻場を回復させる再生(Recovery)としてのものがある。

  そして、一般的に研究がされているのは、もともと海草の生えている近傍へ移植するという、「再生」としてなされたものが多く、現在の所、元々生えていなかったところで海草が根付くという大規模な例は報告されていない。

  よって、移植(Transplantation)と、再生(Recovery)とは異なった概念であり、既存の藻場の付近に移植する場合と、既存藻場のない部分に全く新しく移植する場合とは異なった検討をしなければならない。

イ 本件事業における移植のあり方

  本件事業においては、事業者は、事業により、25ha海草藻場が減少することを予定し、埋立で減った藻場の代償として海草移植を考えている。

  そのため、本件事業において、上記の「再生」の方法による移植では、埋立前からあった藻場を助長するだけである。喪失する藻場を補うために移植がされたと言えるためには、上述した「移植」すなわち、既存の藻場のない地域に新たな藻場を創出するものでなければならない。

ウ 移植の成功について

  どのような段階で、海草移植が成功したと判断できるのかについては、上記の「再生」という移植が成功しやすい場合であっても、少なくとも10年程度の継続的な観測が必要である。

  なぜなら、@事業者が手植移植成功の根拠としていた石垣島での手植移植地の海草はやはり数年で消滅していること、A海外での海草を再生地へ移植した場合でも、4年間は増えることなく、最高で移植海草の96%を維持していただけであるが、5年目の終わりに繁殖がみられて急速に藻場が増えたといい、まだ8年目なので10年は様子をみる必要がある例が報告されていること、B泡瀬の移植海草の主力であるリュウキュウアマモの生態はまだよく分かっておらず、海草学でも謎の多い海草とされている。そして、愛媛大学の金本博士が2002年11月に泡瀬の北の海中道路沖で花芽を、2004年10月に泡瀬の移植予定地で種子を発見し、事業者も発見して発芽するまで追跡調査を続けたが、雄花のみで、雌花はまだ発見されておらず、現在に至ってもその生態は謎に包まれている。そのため、移植が可能であるかどうかもリュウキュウアマモの生態の解明が必要になるが、その生態は未だ解明されていないことからである。

  よって、本件で事業者が、手植え移植実験について、約4年の調査だけで、海草移植の適応性が認められたと結論付けることはできない。

  以上より、現段階でも海草の移植実験については、開始より6年程度しか経過しておらず、海草移植の適応性が認められたと結論付けることはできない。

エ 環境影響評価手続における海草移植実験の位置づけ

  環境影響評価書(甲8 10−9(5))で沖縄県知事は「海草の移植については、移植先で海草の生息・育成が可能であることを確認したうえで行うこと」と意見を述べている。

  このことは、上記のように、回避低減措置が検討されていないと言うことと併せて考えると、海草の移植が確実になされることが環境影響評価手続き上も要求されており、それがなされない限り、海草に対しての環境保全は不十分なものであると考えなければならない。

オ 海草移植実験、移植事業の問題点

(ア)手植え移植実験の問題点

  手植え移植の実験については沖縄総合事務局が平成10年7月から移植実験を行い、平成14年12月16日の「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業にかかる海草移植計画」(甲9号証)において、手植え移植は適用性が高いと結論付けている。

  同計画では、上記の手植え移植実験では泡瀬干潟のSt.T、St.U、St.Vという3カ所で移植実験が行われ、株数が以下のような結果になったと報告している(5〜6頁)。

移植時の株数       平成14年9月段階の株数

St.T   6,255                    290

St.U   4,567                  22,176 

St.V   5,494                   6,680

  事業者は、st.Tは、ほとんど株の成長が見られなかった地点、St.Uは良好に生育した地点、St.Vは良好に生育したが台風の影響を強く受けた地点と結論付けている。

  また、同報告では糸満市南浜地先でのベニアマモ・ボウアマモ及びリュウキュウスガモの移植実験がおこなわれ、3年以上の期間、藻場として維持されていたこと、石垣市新川地区においてリュウキュウアマモの移植実験が行われ1年以上に渡り藻場が維持されていたとも報告している(7頁)。

  その結果を基に同計画では「適切な環境が維持される場所においては、手植え法は移植の手法として適用性が高いと評価できる」と結論付けている(7頁)。

  しかしながら、沖縄総合事務局の上記判断は以下のように誤った前提に基づいてなされるものであり、妥当な評価ではない。

(イ)上記移植計画の内、良好とされたSt.Uにおいても、測定範囲は18mにすぎない(6頁図3.1−2)。本件では、後述するように、被度50%の藻場(密生・濃生域)が約25ha消失することになることから、25haの藻場の移植が必要であるところ、わずか18mでの移植実験の結果をもとに、25haにもおよぶ移植の妥当性を主張することは過大評価である。

  前記の実験結果から見ても明らかに成功しているのはSt.Uだけであり、結局成功の前提としては「適切な環境が維持される場所」での「手植え」でなければならないのであって、実際にこのような海域が移植の予定海域にどの程度広がっているかは全く未知数と言わざるを得ない。もし、移植予定海域が「適切な環境が維持される場所」であれば、そこは既に「大型海草種の濃生・密生域」になっているはずであり、現在そうなっていないのは、そこが「適切な環境が維持される場所」でなかったからに他ならないのである。

  したがって、そのような「適切な環境が維持される場所」でない海域への移植が成功する保障は現時点ではない。

(ウ)また、上記移植計画のst.Uの付近は環境影響評価書上、豊かな藻場に隣接しており、自然藻場が拡大したのか、移植海草が広がったのか明らかでなく、移植実験の成否は明確ではない。

(エ)また、事業者が良好な結果と判断したSt.Uについては、平成17年1月31日の海草藻類専門部会での報告で、壊滅的状況であるとの報告が為されている(甲108、甲109)。

  この点について、被告沖縄県は、平成16年夏に飛来した台風によって壊滅的影響になったのであり、実験の失敗ではなく、自然現象に基づくものであると主張している。

  しかしながら、沖縄県は、台風が頻繁に通過、接近する気候であり、海草移植を行うにおいても、台風の来襲下でも、生育できなければならない(証人金本12頁)。

  被告沖縄県は、台風の来襲によって、移植した海草が壊滅したと主張しており、このこと自体が、環境影響評価の段階において、台風来襲を前提としての海草移植の知見が存在しないにもかかわらず、移植が可能であることを前提として環境影響評価書の環境保全措置を記載したことの証左である。

  前記の実験結果から見ても、一時的にもせよ「成功した」と主張されているのはSt.Uだけであり、結局海草移植が成功するとしても、それは「適切な環境が維持される場所」での「手植え」でなければならないのであって、実際にこのような海域が移植の予定海域にどの程度広がっているかは全く未知数であり、結局移植の可否は「分からない」というのが実際である。

カ 手植え移植事業の問題点

(ア)平成17年6月13日の「平成17年度中城湾港泡瀬地区環境保全・創造検討委員会 第1回 海草藻類専門部会 手植え移植の評価」(甲10号証)10頁においては、リュウキュウアマモとボウバアマモの被度(海底面に占める藻場の面積の割合)が移植直後から減少している。

(イ)また、海草移植実験における手植え移植藻場の現況については、甲10の15頁では手植え移植藻場の現況は平成15年1月の段階での生育被度が30%であったところが平成17年1月には10%まで減少した。その後、最新の調査である平成19年11月の調査では、10%の被度が5%まで低下した。

  沖縄総合事務局は上述したように、環境影響評価書(甲8号証)7−2、表−7.1.2で、移植先の海草・藻場の「事後調査監視基準」を設定し「移植時と比較して海草の生育被度が高くなっており、藻場に多くの生物が出現していること」としている。このことからしてみても、手植え移植実験は環境影響評価書における監視基準を達成していないことは明らかである。

(ウ)環境影響評価書(甲8号証)6−5においては、「泡瀬地区における生育被度50%を藻場(密生・濃生域)がやむを得ず約25ha消失することになる。そこで、埋立により消失する藻場(密生・濃生域)のうち主要な構成要素で埋立計画地周辺一帯に多く生育している大型海草種であるリュウキュウアマモ及びボウバアマモを用いて、埋立計画地東側の現況において砂質底で海藻草類の生育被度が50%未満の疎生域(図-19参照)にできる限り移植し、藻場生態系の保全に努めることとする。」と明記されている。

  このことから、事業者は、藻場生態系に影響があること、工事着工前の時点で、被度50%以上の海草藻場が約25haあり、約25haの移植が必要であること、移植する種類を明言している。

  しかしながら、平成17年6月13日の「平成17年度中城湾港泡瀬地区環境保全・創造検討委員会 第1回 海草藻類専門部会 手植え移植の評価」(甲10号証)10頁においては、リュウキュウアマモとボウバアマモの被度(海底面に占める藻場の面積の割合)が移植直後から減少している。

  この結果からしても、環境影響評価書が当初予定していた海草類の移植実験が成功したといえないことは明らかである。

(エ)面積と被度のデータの関係

  事業者は、海草の面積と被度とを都合良く使い分けて論じている。海草量は海草の被度に海草が生えていた面積を掛けたもので判断すべきである。被度50%の海草が100uあれば海草量は50u、被度10%の海草が500uあっても海草量は同じく50uと評価すべきであり、事業者の上記報告では、面積の増加以上に、被度の減少が認められており、海草量は減少していると見るべきである(証人金本13頁)。

(オ)面積の調査方法

  事業者は、甲14、24頁で、面積は移植当時の平成15年2月から平成17年3月に掛けて約2倍に増加していると結論付けている。

  しかしながら、事業者の計測した面積は、小型海草(ウミヒルモ、ウミジグサなど)を含んでおり、小型海草の面積の割合が大きい。

  移植海草は被度50%以上の大型海草藻場(リュウキュウスガモ、リュウキュウアマモなど)を移植しているのであり、正確には大型海草の面積、小型海草の面積を区別して評価すべきである。小型海草を面積に入れて評価する方法は、大型海草移植を正しく評価したことにはならない。

  また、面積の調査方法という点についても、事業者は移植直後に比べて2倍に上昇しているとしている。しかしながら、かかる報告の根拠になったのは、目視で大まかに記録した数値(以下「数値B」とする。)である。数値Bは事業者がモニタリング区域をスケッチし、それから面積を計算した数値(以下「数値A」とする)と比べると、面積が大きく異なる。平成16年度 中城湾港泡瀬地区環境保全・創造検討委員会第3回 海草草類専門部会 移植海草の現地調査結果及びクビレミドロに関わる調査・実験結果、付表1−1「詳細観察枠の大型海草、小型海草別の生育面積」(数値A)、付表1−2「各調査区域の生育状況」(数値B)(甲15)によると、数値Aと数値Bを比較してみると、平成15年5月では、数値Bは数値Aの3倍の値もあることがあり、数値Bのみを用いて評価をするのは合理的ではない。

数値B  各調査点の生育状況(平成15年2月〜9月のデータ)での面積(u)

 

 

2

3

4

5

6

7

8

9

2-I

1.4

1.2

1.2

1.2

1.4

1.4

1.4

0.8

10-H

1.8

1.8

2

2.4

2.4

2.4

1.8

1.4

合計

3.2

3

3.2

3.6

3.8

3.8

3.2

2.2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数値A  各調査点の生育状況(平成15年2月〜9月のデータ)での面積(u)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2

3

4

5

6

7

8

9

2-I

0.68

0.57

0.49

0.44

0.74

0.86

0.75

0.76

10-H

0.83

0.74

0.67

0.7

1.43

2.3

1.36

1.24

合計

1.51

1.31

1.16

1.14

2.17

3.16

2.11

2

 

キ 移植費用の問題点(証人金本14頁)

事業者は当初、海草移植実験を海草移植の施行単価が安い点、大量移植が可能であるという点から機械移植の方法によって海草移植を計画していた。平成13年度第2回環境監視検討委員会の資料(甲16)で、機械移植と、手植え移植では、以下のように、施行単価、1日の移植面積では、大きな開きがあり、手植え移植の方法が大量移植に適さないことは明らかである。

機械移植  1日あたりの単価 34万2870円/72u

1uあたりの単価    4900円/1u

手植え移植 1日あたりの単価 50万5000円/8u

1uあたりの単価  6万3000円/1u

  そして、前述したように、本件では、被度50%以上の海草藻場を25ha移植することが要求されている。手植え移植の方法では1日あたりの施行面積が8uとしており、25haもの海草を移植することは物理的に困難であり、事業者自身も「大規模な移植では人力で行うため大量移植が不可」であることを認めている。また、費用の面でも単純計算で手植え移植は機械移植の約12倍必要になる。

  しかしながら、大量移植に適さない手植え移植の方法により、25haもの海草移植が予算面、実行面から不可能である。

ク 環境省及び専門家の見解

(ア)平成18年3月22日の参議院環境委員会における参議院議員岡崎トミ子の質問に対して、環境省の政府参考人である南川秀樹は以下の通り答えている。(甲62)

  「海草の移植でございますけれども、まだまだ確立まで時間を要することでございます。まだとても日本では確立されたと言えない状況にございまして、これから私ども、多くの専門家の方々、これはNGOかあるいは地方公共団体とか問わず、できるだけ多くの方の意見を踏まえて海草の保全あるいは移植についてしっかりした知見を蓄えていきたいと考えております。」

  環境影響評価法第13条で、「環境大臣は、関係する行政機関の長に協議して、第十一条第三項(前条第二項において準用する場合を含む。)の規定により主務大臣(主務大臣が内閣府の外局の長であるときは、内閣総理大臣)が定めるべき指針に関する基本的事項を定めて公表するものとする。」とし、環境影響評価の項目並びに調査、予測及び評価の手法を選定するための指針、環境保全のための措置に関する指針については、環境大臣が基本的事項を定め、これに基づき、主務大臣が環境大臣に協議して省令で定めるとしている。

  すなわち、環境影響評価手続をどのように行っていくのかについて、環境省の公式的見解は重要な意味を持つことが環境影響評価法からも明らかである。そして、環境省の政府参考人の発言として、海草の移植技術が確立されていないとしていることは、移植が可能であることを前提とした本件の環境影響評価書の記載が、環境省の移植に関する現況の認識と大きく乖離していることを表しており、本件環境影響評価書の記載は海草の生態や保全に関する知見に基づかない根拠のない空文と言うほか無いのである。

(イ)また、中城湾港泡瀬地区環境保全・創造検討委員会(以下「環境保全検討委員会」とする。)においても、海草移植が困難であるとしている。2007年3月13日に開催された、環境保全検討委員会の2006年度第2回会合で同委員会委員であり、同委員会の海藻草類専門部会の座長を務める野呂忠秀鹿児島大学教授は「海藻・草類の専門家で、移植によって(藻場が)保全されると本音で考えている人はいない」と述べており、海草移植によって、藻場の保全は出来ないとし、その上で「(環境影響)評価書に書いてあるとの大義名分だけでやるのではなく見直すべきではないか」と述べている(甲63)。

  環境保全検討委員会は、それまで中城湾港泡瀬地区環境監視・検討委員会が再構成された物であり、その設置の目的として、以下のように定められている。

   @ 環境保全措置(藻場・クビレミドロの移植等、人工干潟、野鳥園、人工海浜・緑地、景観・人と自然とのふれあいの活動の場)の提案、検討、評価、予測

   A その他の環境保全措置の提案、検討

  そして、環境保全委員会の部会の一つとして、海草草類専門部会があり、藻場・クビレミドロの移植について、専門家が参加をして意見を述べることになっている。

  被告沖縄県知事は、準備書面(3)、第2、2(1)ウで海草移植について「事業実施にあたって、専門家などで構成する部会及び委員会の指導・助言を受けている」、準備書面(6)第2、5(2)では、「事業者は、環境影響評価書に不確実性及び事後調査項目などを示し、専門家などの指導助言を得て検討を進めているところである」とし、専門家である部会及び委員会から指導助言がなされることを環境保全が適切になされることの根拠としている。

  しかしながら、今回、指導助言を与えるべき環境保全・創造検討委員会において、海草移植に対して指導助言を行うべき海草草類専門部会の座長がこのように発言したことは、移植による藻場の保全が当初より不可能であったことの証左である(証人金本15頁)。

  このことからも、環境影響評価で、移植によって海草、クビレミドロの移植が可能でないことは明らかである。

 

6 小括

(1)以上より、海草移植については未だに、技術的に確立されたとは到底言えない状況にあり、海草の移植は不可能な状況にある。まして、25haにもなる、被度50%以上の藻場をどのように移植するのかについては全く方法が立たない状況である。

  事業者は海草移植が不可能である場合には、環境保全措置を検討するに際して、環境影響の回避低減を検討し、それが不可能である場合には他の代償措置を検討すべきであった。

  にもかかわらず、環境影響評価手続においては、本来は不可能であるはずの海草移植が可能であることを前提として環境保全措置が検討されており、このことは、「環境保全措置の効果の不確実性」について検討することを要求した基本的事項、環境保全措置指針、配慮事項に明らかに違反している。

  環境影響評価手続後の、海草移植の失敗が明らかになり、同旨の環境省、環境保全検討委員会の見解が発表されたことは、移植実験が不可能であることを看過して(あるいは予見して)、環境保全措置の検討がなされた本件の環境影響評価手続においては、当然の帰結と言える物である。

  被告沖縄県は、海草の移植については不確実性は否めないと言うことを認識しながら、事業者による「市民と環境の専門家の先生方のを踏まえて、いろんな検討をしながら、より確実なものにしていくというような回答」を安易に信頼して、公有水面埋立ての許可を出したのである(証人新垣25頁、26頁)。

  海草について、本件の環境影響評価手続においては、環境影響の回避低減が不可能であるのかどうかについての検討を一切することなく、知見が確立されていない海草の移植が可能であることを前提として環境保全措置の検討をしている点で、本件の環境影響評価は、環境影響評価法及び基本的事項、環境保全措置指針、配慮事項で定められた要件を満たさないものであり違法なものである。

(2)また、海草藻場の工事による消失による生態系等への「影響は大きい」としながら、その影響の具体的内容と程度については全く調査・予測及び評価されていない。これについては前記のとおり省令違反といえる。

  被告沖縄県知事はこの省令等の違反についても看過して許認可をしており、この点からも本件埋め立て許可・承認は違法である。

 

第5 クビレミドロについて(甲56、甲100、証人前川)

 

1 クビレミドロの重要性(証人前川2頁、3頁)

  クビレミドロとは藻類の中の黄緑藻類に所属する海産種である。濃緑色で体色からは緑藻類によく似ているが、黄緑藻であるクビレミドロは、光合成色素として葉緑素acを持っているいるのに対し、緑藻類は葉緑素abを持っているので異なるグループであるとされている。クビレミドロは、フシナシミドロ目のフシナシミドロ科に所属し、1属1種からなる特異な存在である。

  クビレミドロの生育歴は以下の通りであり、明瞭な季節的変化を持つ一年藻である。

  12月下旬 小球状の直立部(以後、株と呼ぶ)として出現し、越年した株は増大、成長する。

  3〜4月 すべての株は受精卵を持ち、受精卵を放出した後には株は次第に枯死し始める。

  6月   株は完全に消失する。

  受精卵は超夏後、12月下旬に再び幼株が出現する。

  沖縄県が日本に復帰した1972年以降、埋め立てなどによってクビレミドロの生育地は消滅し急減した。そのことにより、クビレミドロはレッドデータのカテゴリーとして、絶滅危惧T類(環境庁, 2000)、絶滅危惧種(水産庁, 1998、沖縄県, 1998)に評価されている。

 

2 クビレミドロの学術的意義(証人前川3頁、4頁)

  クビレミドロは、1936年に、那覇の材料を基に新種として発表されて以来、クビレミドロの生育地は,13カ所で確認されたが、1994年〜1997年の3年間の調査で、その約4分の1(23%)に当たる3カ所(恩納村太田、与那城屋慶名、沖縄市泡瀬)でしかクビレミドロは生育していない。

  クビレミドロは干潟環境に適応した特異な形態をもつ海藻で、日本においては南西諸島、しかも沖縄島でしか確認されていない貴重な種である。

  特に、クビレミドロの生活史についてはまだ不明な点が残されており、核の行動はもとより、無性生殖が存在するものなのかどうかも、未だ分かっていない状況にある。このことから,種に関する整理・生物学的な解明と情報の蓄積を必要とする種である。

  また、藻体には仕切のない1個の細胞からなり、しかも多核である特異な体制(管状藻)を持ち、このような藻類には、クビレミドロの属する黄緑藻類の他、熱帯や亜熱帯海域に多産する緑藻類に多く存在する。そのため、両藻類の進化の過程を明らかにするためにも好都合な材料である。

  よって、クビレミドロは生物学的にも重要な種であり、その保護を図ることが学問上も極めて重要な意味を持つ。

 

3 クビレミドロの生育する環境

(1)クビレミドロの生育に最も重要な条件として、生育地のいくつかは、湾内・内海・入り江などに広がる、規模の大きな干潟で、小礫混じりの細砂質底からなるところであり、外海から遮蔽された地形と、クビレミドロが生育するための足場である安定した底質であることが必要になる。

  閉鎖環境が要求されるのは、波浪の影響が少なく、底質環境の撹乱が少ない環境が必要になるからである。

  干潟の広さが重要とされるのは、干潟が広ければ広いほど多様な底質環境(例えは、泥質底、砂質底、砂礫質底、岩礁など)が確保され、干潟の一部に良好な底質環境が提供され、生育範囲も広く豊富な個体が維持されるからである。

  他に、干潟においてクビレミドロ生育地には丈の低い海草(海産種子植物:ウミヒルモ、マツバウミジグサ、コアマモなど)が群生ないし疎生していることが多いことから、クビレミドロ生育の重要な指標として、海草の生育が確保されることが必要である。

  また、上述したように、クビレミドロの生存するための多様な底質環境の確保が必要であることから、海流の面でも、細砂質底が持続的に維持されることも必要になる。

  海水の循環が必要で、生活廃水の流入や止水状態(濁りや泥の堆積)では生存不可能となる。人工島と陸域間の水路の流れが速くなった場合に、砂の移動が起こり砂質が礫化(礫だけの底質)することがあっては、クビレミドロの生存は不可能となことから、潮汐流によって清澄な海水のスムーズな流れが確保できることが必要になる。

  また、生育地近傍の沿岸が埋立や漁港の設置によって底質環境が変化することによって生育地が消滅することもあり、底質の変化が起こらない環境が必要にもなる。

(2)そして、上記の点をまとめると、から、クビレミドロの持続的な生存のためには以下の条件が具備されなければならない。また、クビレミドロの移植が成功したと言えるためには、郡体の分布、密度などが10年程度は経年的に安定しなければならない(証人前川5頁、6頁)。

@ 閉鎖環境であること

A 十分な広さの干潟が確保できること

B 潮汐流によって清澄な海水のスムーズな流れが確保できること

C 海流の面でも、細砂質底が持続的に維持されること

D クビレミドロの移植先やその周辺に小型海草の生育を確保できること

4 クビレミドロと環境影響評価手続との関係

(1)既に述べたように、「環境保全措置指針に関する基本的事項」及び「環境保全措置指針」、「藻場の復元に関する配慮事項」によって、以下のことが要求されている。

   @ 環境保全措置の検討にあたっては、環境影響の回避低減を優先しなければならないこと、

   A 環境保全措置を検討するにあたっては、環境保全措置の効果の不確実性が検討されなければならないこと

  すなわち、環境影響評価書においては、環境の影響の回避低減まず検討すべきであり、代償措置はあくまで最後の手段であること、代償措置の検討においてはその不確実性の程度まで検討することが要求されている。特に、クビレミドロは後述するように、その生育に不明確な点が多く、代償措置が本当に可能かどうかの判断は慎重を期する必要がある。

  しかしながら、環境影響評価書では、回避低減が可能であるのかについては「生育が確認されたクビレミドロは、概ね埋立計画区域内に分布しているため、クビレミドロの生育地を現状のまま保全することは実行不可能である。」とする(甲8、6−8)だけであり、回避低減の方法を検討しようとはしていない。

  また、後述するように、クビレミドロの移植の可否については、事業者も未だに実験段階に過ぎず、到底技術的に確立できたとは言えない状況にある。事業者はクビレミドロの移植が可能であるのかについて十分な検討をすることなく、環境影響評価書には単に、「移植試験を実施した結果、技術的にも移植することが可能であると判断される」(甲8、6−8)としたにとどまり、目標が実現可能なのかについての具体的な記載はない。環境影響評価書において、0.9ha規模のクビレミドロの移植の可否など全く不明だったのであるから、「移植が可能である」などという記載は全く出鱈目である

  また、かかる環境影響評価書をうけて沖縄県知事の承認の際にもクビレミドロの移植に移植が本当に可能であるのかについて不十分な検討なまま、単なる留意事項としてクビレミドロ移植技術の確立、新たな環境整備方法などの検討を要求したにとどまった。

  以上のように、クビレミドロの移植について、移植以外に回避低減の措置を執ることができるのか、移植をするにしてもその実現は可能なのかについて不十分な検討のままになした環境影響評価書が作成され、それを元にした公有水面埋立法の承認も同法4条1項2号の「その埋立が環境保全・・・に付き十分配慮せられたるものなること」の要件を満たしたとは、到底言えない物である。

(2)また、調査という点でも、クビレミドロに関する調査は非常に不十分なものである。

  本件で環境影響評価手続が行われる際に、環境影響評価準備書に対して、沖縄県知事が意見を述べたが、そこには、「絶滅危惧T類及び絶滅危惧種に指定された「クビレミドロ」が生育している。また、当該海域は、鳥類の良好な採餌・休息の場となっているほか、多様な生態系を持つ干潟が存在することから、環境保全上重要な場所である。したがって、当該地域については、自然環境の保護・保全に配慮するよう事業実施計画に反映されたい。」とされている。

  しかしながら、事業者は環境影響評価書に対してクビレミドロに対する記載をしなかったため、沖縄県は再び、クビレミドロに関して「確認調査を行い、専門家などの指導・助言を得て、その対処についての環境影響評価書に記載されたい。」との意見が出された。

  その段階になって、初めて環境影響評価書にクビレミドロの調査、評価、保全が検討されることになった。

  このことからも、環境影響評価手続が適切に行われていないことを示している。

 

5 泡瀬干潟のクビレミドロ移植の現状(証人前川8頁〜18頁)

(1)そして、泡瀬干潟におけるクビレミドロ移植の現状は以下の通りであり、クビレミドロの移植は今なお確立されていない。

  上記の「藻場の復元に関する配慮事項」によると、海藻藻場の復元とは、「改変による攪乱を受ける以前に有していた藻場の無機的及び生物的な構造を、それに関連した藻場の機能とともに、攪乱以前と同じ状態にまで回復させること」としている。

  すなわち、単に、クビレミドロを移植できることが重要なのではなく、クビレミドロの移植先において上記のクビレミドロの生育条件を満たし、工事以前の泡瀬干潟におけるクビレミドロの状態にまで復元される必要がある。

(2)アセス書でクビレミドロは「移植試験を実施した結果、技術的にも移植することが可能であると判断される」とあるとした上で、事業者は、具体的にクビレミドロの保全のために、以下の措置を執るとしている。

ア.泡瀬地区のクビレミドロの屋慶名地区等への移植

イ.移植したクビレミドロの泡瀬地区人工干潟への再移植

ウ.クビレミドロの室内増殖技術開発試験の実施

  また、それに伴い、@移植及び生育地の創出技術(現地移植実験)、A培養による育成管理及び種の保存技術(室内培養実験)の開発を主要な課題として検討を進めてきた。

  そして、上記の実験によって得られた結果としては、屋慶名地区、勝連地区への藻体移植では、移植後、複数年にわたる再生産を確認し、フラスコ内では、受精卵から群体形成までの培養が可能であるとしている。

  しかしながら、室内移植実験について、全生活史が解明されたとし、人工的に卵や藻体を作ると言うことは成功しているが(甲129)、移植に使える大量に生産をすることが可能かどうかと言う点については未だ知見が得られていない。

  現地移植実験については、環境影響評価当時は、事業者も認めているとおり、移植株由来からの群落の分布や密度は経年的に安定しているとはいえないため、今後は移植群落が長期的に維持されるよう生育場の条件に着目した技術開発が必要とされるとしており(甲103号証)、移植したクビレミドロが長期的に維持されるのかどうかについては、何らの成果も得られていなかった。

  また、その後の現地移植実験においても、以下に述べるように、移植したクビレミドロは経年的には安定しておらず、クビレミドロの再生産は成功していない(証人前川12頁〜14頁)。

    甲134          郡体数(ST.4)

平成14年1月    618郡体

平成17年2月           郡体

 甲135     実験区         対象区

平成18年2月 合計186郡体          合計541郡体

平成19年4月     0郡体                  7郡体

  また、現地移植事件は10m四方の場所のクビレミドロの郡体数を調査したに過ぎないが、環境影響評価書でクビレミドロの生育が確認された生育面積0.9ha内の大量のクビレミドロをいかに安定的に培養し供給するかについての技術も未だ確立していない(証人前川15頁、16頁)。

  移植先として適した条件の生育地については、移植先として適した条件の人工干潟は未だ出来ていない。

  以上より、移植先の環境が前述したクビレミドロ生育状況を満たし、泡瀬地区のクビレミドロの大量移植が、工事以前の状況まで回復することが本当に可能なのかどうかの結果は得られておらず、移植技術は確立されていたとは到底言えない。

  そして、少なくとも、移植が本当に可能であると言えるには、数年間にわたり安定的に再生産が行われているかについての継続的な観察や検討を行い、クビレミドロが自力で持続的に維持されていると言う結果が得られることが必要である。

 

6 以上より、クビレミドロ移植については未だに、技術的に確立されたとは到底言えない状況にあり、海草の移植は不可能な状況にある。まして、0.9haにもなる、クビレミドロをどのように移植するのかについては全く方法が立たない状況である。

  また、そもそも、2度に渡り、沖縄県知事が事業者に対して、クビレミドロについて調査するように意見を述べることによって初めてクビレミドロに関する記載が環境影響評価書に記載されることからしても、事業者が如何にずさんな調査手法をとっていたということは明らかである。

  事業者はクビレミドロ移植が不可能である場合には、環境保全措置を検討するに際して、環境影響の回避低減を検討し、それが不可能である場合には他の代償措置を検討すべきであった。

  にもかかわらず、環境影響評価手続においては、本来は不可能であるはずの海草移植が可能であることを前提として環境保全措置が検討されており、このことは、「環境保全措置の効果の不確実性」について検討することを要求した基本的事項、環境保全措置指針、配慮事項に明らかに違反している。

  環境影響評価手続後の、海草移植の失敗が明らかになり、同旨の環境省、環境保全検討委員会の見解が発表されたことは、移植実験が不可能であることを看過して(あるいは予見して)、環境保全措置の検討がなされた本件の環境影響評価手続においては、当然の帰結と言える物である。

  また、すでに述べたように、被告沖縄県は、クビレミドロの移植については不確実性は否めないと言うことを認識しながら、公有水面埋立ての許可を出したのである(証人新垣25頁、26頁)。

  クビレミドロについて、本件の環境影響評価手続においては、クビレミドロに関する調査が極めてずさんであったという点、環境影響の回避低減が不可能であるのかどうかについての検討を一切することなく、知見が確立されていないクビレミドロの移植が可能であることを前提として環境保全措置の検討をしている点で、本件の環境影響評価は、環境影響評価法及び基本的事項、環境保全措置指針、配慮事項で定められた要件を満たさないものであり違法なものである。

 

第6 トカゲハゼについて

 

1 トカゲハゼの貴重性

(1)トカゲハゼは環境省および沖縄県のレッドデータブックで絶滅危惧種(絶滅危惧IA類)にランクされている。現在中城湾南部の佐敷干潟、うるま市の川田干潟(現在新港地区)、沖縄市の泡瀬干潟などの泥質干潟のみに生息している。この生息地は同種の世界的な分布の北限であり、国内での唯一の生息地である。

  トカゲハゼ成魚の個体数は最近の調査では1600〜2700尾程度であり(甲57の1−3枚目)、その生息環境は極めて不安定であることから、極めて高い絶滅の恐れがある。

(2)沖縄島のトカゲハゼは、約30万年前に大陸のトカゲハゼ種と別れて独自の遺伝的進化を遂げて固有種化しており(吉野調書7頁)、同種の保全は極めて重要である。また、同様に独自の遺伝的進化を遂げて、同海域の同一の生態系に共生しているオキナワヤワラガニ、クビレミドロなども同様の貴重性を有しており、さらに、これら多数の種の生息を支えているこの海域の生態系そのものの保全が極めて重要である(吉野調書19頁参照)。

(3)生物多様性の保全は、1992年の国連環境会議で「気候変動枠組条約」とともに採択された「生物多様性条約」加盟(1993年)によりようやくわが国でも意識的に取り組まれるようになったが、この前提としては生物多様性ないし生態系による人類社会への各レベルのサービスには莫大な価値があることが認識されている。トカゲハゼやその生息する生態系についても、その遺伝的情報を含め絶滅・破壊により失われる価値は計り知れない。

 

2 トカゲハゼ生息地の状況

(1)最大の生息地であった中城湾川田干潟(現新港地区)は、1980年代初頭に自然状態で約1000尾のトカゲハゼ成魚が見られたが、新港地区の埋立(1984年開始)とともに減少し、第二次埋立後の1994年(平成6年)には18尾まで激減し、その後、人工増殖・放流および人工干潟の造成などの緊急保全措置がとられた結果、新港地区人工干潟を中心に人為的に約1000尾が保全されている。

(2)しかし新港地区での生息場所はその大部分を人工干潟で占めており、天然生息場所はきわめて限られている。人工干潟では泥の流出(砂質化)や泥分の硬質化が避けられないため、最低でも2年に1度程度の泥の補給その他のメンテナンスが不可欠である(吉野調書14頁等、甲60−52頁以下参照)。しかも、個体数維持のために「人工増殖」・放流に頼っている現状であり、安定的な生息環境・生息数とはほど遠い状況である(甲8:10−9頁(4)参照)。

(3)また、比較的個体数がまとまっていたため、新港地区人工干潟への人工増殖・放流のための「種苗生産のための卵確保」の「天然卵」供給源であった佐敷干潟も、「生息状況が著しく悪化しており」(甲78−1頁下段)、安定的な生息地とは言えない。

(4)泡瀬干潟のトカゲハゼ生息数も極めて少ない個体数で推移しており、到底安定的な生息地ではない。

(5)このように、ほぼ唯一のトカゲハゼ生息海域である中城湾の各生息地も、いずれも不安定な状況であり、トカゲハゼは益々種の絶滅の恐れが高まっている。

 

3 トカゲハゼにつき実施された環境影響評価の問題点

(1)本件環境影響評価書では、本件埋立によるトカゲハゼへの影響の「予測」及び「評価」の両面について、@「工事」による影響として「現状のトカゲハゼ生息地は埋立工事による直接の改変はないこと、繁殖期である3月〜7月においては、トカゲハゼの繁殖等に影響を及ぼすおそれのある海上工事は行わないことから、また、A「工作物の存在」による影響として、「生息地は埋立工事による直接の改変はない」、人工島と陸域の間に150〜250mの水路状の海域が存在して海岸環境が保全され、「海水の流れも良好であること」から、@Aの双方に置いて「トカゲハゼへ与える影響は軽微であり、生息環境は相当程度保全されるものと考えられる。」としている(甲8−5−402〜405頁)。また、代償措置として「埋立地南西側に人工干潟」を作るとしている(同406頁)。

  さらに、「第6章環境保全措置」の項では「Cトカゲハゼ生息圏への配慮」として、

  「・ 仔魚の行動時期の47月の海上工事は仔魚の分散に支障を及ぼさない工事にとどめ、仔魚の着底の6〜7月は、浚渫工事、汚濁防止膜の展張の海上工事は行わない。

   ・ トカゲハゼの仔魚の拡散、着底等にたいする埋立地の存在の影響の低減。

   ・ トカゲハゼの現状の生息地での地形改変はないが、トカゲハゼの直接的な生息地とはなっていない干潟域の一部が埋立事業により消失するため、埋立地南西側に人工干潟を創造し、トカゲハゼの生息環境の保全拡大に努める。人工干潟造成に関しては、新港地区において成功している泥質による人工干潟の実績をも考慮して、慎重に進める。」

 などと記載している(甲8:6−3頁)。

(2)しかし、これらは本件埋立計画に先行して埋立が行われた新港地区の埋立計画に関する環境影響評価(甲58、甲59)と同様の予測・評価であり、新港地区の埋立前後の残された干潟域の経過から見て到底「環境影響評価」の名に値しない、ただの文字の羅列にすぎない。以下、新港地区の埋立について項を改めて詳述する。

 

4 新港地区埋立経緯と環境影響評価書の記載

(1)新港地区における公有水面埋立事業は、概略次の通りである。

1次埋立 昭和581983)年〜平成41992)年、約180ha

2次埋立 平成41992)年〜平成71995)年、約146.6ha

3次埋立 平成71995)年〜平成101998)年概成〜現在、約66.4ha

(2)新港地区環境影響評価書でのトカゲハゼ保全措置

ア 新港地区第2次埋立計画の環境影響評価書(平成4年1月)(甲58)は、@トカゲハゼ成魚の生息域での浚渫予定はない、現状生息域のSS濃度もかなりの濃縮幅がある、仔稚魚の移動を阻害しない措置をとるなどから「工事による影響は軽微」(4−88頁)、A生息している泥厚20p以上の泥質性干潟は埋立地の存在等により喪失しない、生息地周辺の流速予測等からも泥質の浸食は小さい、生息干潟域の地形改変は無いなどから埋立地の存在による「影響は少なく」、また、埋立計画地北東側の干潟域等を整備するので、「新たなトカゲハゼ生息地の創出も図られる」、トカゲハゼ仔稚魚の分散・移動への影響も少ないなどとしている(4−199〜201頁)。

  そして、これに対する沖縄県知事の意見は、当該事業区域周辺は「トカゲハゼの主要な生息地であること、また、ひとまとまりの干潟として本県有数の規模となっていることから、自然環境保全上特段の配慮が必要」としながら(9−2頁)、若干の注意事項を指摘しているだけである(9−3〜4頁)。

イ 新港地区第3次埋立計画の環境影響評価書(平成67月)(甲59)も、@工事による影響については、甲58の記述と一言一句変わらない同じ文言の予測をし(4−79頁)、Aまた人工島の存在による影響については、ほぼ同様の予測をしている(4−180〜182頁)。

  これに対する沖縄県知事の意見も、甲58とほぼ同様である(9−4〜5頁)。

(3)新港地区埋立工事の進行とその影響

  新港地区埋立工事前後の新港地区でのトカゲハゼの生息数の変化は、「平成17年度中城湾港新港地区トカゲハゼ生息状況等監視調査委託報告書 平成18年3月、沖縄県観光商工部企業立地推進課・国土環境株式会社」(甲60。以下「トカゲハゼ報告書」という)表3.1.1(107頁)、表3.1.2(108頁)のとおりである。

  長年トカゲハゼの調査研究を続けてきた証人吉野哲夫によれば、新港地区(当時の川田干潟)における1980年代初頭の成魚生息数は1000尾程度であったとされているが(甲57の1−3頁)、新港地区の埋立工事が始まった後の生息数は、甲60−107頁によれば、平成元年3月363尾、平成3年5月227尾、平成5年9月48尾、平成6年3月73尾、平成6年4月48尾、平成6年9月18尾となり、自然干潟のトカゲハゼ生息数は壊滅状態となった。平成7年11月からトカゲハゼ成魚の人工干潟への放流を開始し、ほぼ毎年これを続けた結果、ようやく平成10年ころから成魚個体数が維持されるようになった。

  生息地面積の経年変化でも、平成元年3月から平成5年4月までは3000u台から8000u台で推移してきたが、平成5年9月1871u、平成6年3月1000u、平成6年4月880u、平成6年9月220uと激減してきており、この原因は潮流変化による泥の流出等による生息地劣化・消滅と推測される。

  新港地区トカゲハゼの生息数は、第1次埋立工事の終盤から顕著な減少傾向を示しており、第2次工事開始後の平成5年9月にはそれまで3桁台で推移していたものが一気に48匹に激減し、他方生息地面積も上記のとおりほぼ生息数に合わせて激減したのであるから、その原因が埋立工事にあることは極めて明白である。この点は、平成17年度トカゲハゼ種苗育成管理業務委託報告書(平成183月、沖縄県観光商工部企業立地推進課・国土環境株式会社)(甲78)の「T業務内容 1.1まえがき」でも、「新港地区は主生息地であり、埋立事業が開始されたころには生息個体数が約500個体であったものが、工事の進捗に伴い激減し、危機的な状況に陥った。」として、新港地区のトカゲハゼの激減の原因は埋立工事にあることを明記している。

  結局、第2次及び第3次新港地区埋立計画の各アセス書(甲58、甲59)による埋立工事及び埋立地(人工島)の存在によるトカゲハゼへの影響予測は現実の結果とは大きく齟齬したのである。

(4)「トカゲハゼの保全に万全を期す」ことの欺瞞性

  翻って、甲59は平成6年7月に縦覧に付されたものであり、それまでに新港地区トカゲハゼ生息数が激減した上記平成5年9月の調査結果(甲60−107、108頁参照)は当然把握されていたはずであるが、敢えて甲59にはその結果は記載せず、その直前である平成5年4月の調査結果である228尾までしか記載されていない(甲59−3−212頁参照)。当然5か月後の平成5年9月の調査結果には全く触れず、予測及び評価は平成4年1月時点の甲58と全く同じかほとんど同じ記述がされている。これは、上記激減を記述することにより、「影響は軽微」「影響は少ない」という予測及び評価が成り立たなくなることを恐れた結果であり、市民・県民を欺いたと言われても言い訳できないところである。

  さらに、奇妙なのは、沖縄県知事は当然上記平成5年9月以降の激減の結果を知りながら、しかも、同環境影響評価準備書に対する意見として「トカゲハゼの生態等については、現時点の知見が十分であるとは言えない」(甲59−9−3頁下段)、「トカゲハゼが生息している干潟の地形・・・等の保全に当たっては・・・万全を期すこと」などの意見を述べながら(甲59−9−4頁下段)、このトカゲハゼの激減の状況に対する指摘を全くしていないことである。沖縄県知事が真にトカゲハゼの保全を志向しているのであるならば、上記生息数の激減の事実を指摘し、アセスの段階でその原因を検討するよう意見を述べなければならないのであるが、これを履行していないということは、トカゲハゼの保全について真摯に思考していなかったものと解さざるを得ない。

  すなわち、埋立事業者も許認可権者である県知事も、表面的には「トカゲハゼの保全に万全を期す」などの美辞麗句を並べながら、埋立推進という「結論ありき」の姿勢が顕著に窺えるのである(吉野調書13頁中段参照)。

 

5 (泡瀬)環境影響評価手続で検討すべきであった事項

(1)泡瀬干潟の泥質干潟でのトカゲハゼ生息数は1989年(平成元年)の6尾から、工事着工(海草移植、海上工事等)前の2001年(平成13年)9月、21尾の範囲を推移しているが、工事着工後は2003年(平成15年)4月生息数が確認されないなど減少傾向にある。2006年(平成18年)3月、12尾と若干回復しているが(甲57の5−4枚目表参照)、今後の本格的な工事の進行により、その生息が危ぶまれる。

(2)本件環境影響評価書(甲8)は平成12年3月縦覧に付されているが、これに先行して実施された新港地区の埋立によるトカゲハゼに対する実際の影響は前記のとおりである。

  そして、前記新港地区での結果から見ると、果たして(泡瀬)本件環境影響評価書(甲8)記載の予測のように、泡瀬干潟に生息しているトカゲハゼに対する影響が「軽微」であるのかは大変疑わしい。本件埋立計画も新港地区埋立計画と同様の人工島方式での埋立であり、その「水路部」のトカゲハゼ生息地の環境は変化しないことが前提とされているが、新港地区では現実には大きな環境変化が起こっていたからである。

  とすれば、この新港地区自然干潟におけるトカゲハゼの壊滅状況に至った原因を究明し、これと対比して泡瀬地区での予測をしなければ到底科学的な知見に基づく予測とはいえないのである。

(3)本件環境影響評価書(甲8)記載のトカゲハゼの代償措置である人工干潟について

  まず、新港地区における人工干潟でのトカゲハゼの保全は「成功」していない。

  新港地区ではトカゲハゼが激減した平成7年頃から人工干潟を造成し、人工増殖で得たトカゲハゼの稚魚を放流してその保全を図るなどをして激減したトカゲハゼを埋立前の約2倍の1000尾程度まで回復維持を図っているが、平成12年(2000年)から現在までトカゲハゼの生息個体数の現状維持をするだけである。

  また、造成された人工干潟での生息数も造成地(AH)により生息数の大きな違いがあり(甲60−107頁参照)、人工干潟造成の難しさを示している。現状維持を図るために、人工干潟の維持管理(吉野調書16頁下段〜17頁上段)、トカゲハゼの人工増殖、放流を永久に続けなければならず、その保障がなされていない。新港地区での稚魚の増殖・放流事業も平成17年度が最後である。また、トカゲハゼの人工増殖は18年度は行われておらず、次年度の保全の予算は計上されていない。トカゲハゼの人工増殖技術も未だ確立したものではないことを明記しなければならない(吉野調書17〜18頁上段)。平成20年度以降の展望、具体的な計画は明確ではない(甲57の1−5頁)。

(4)また、本件環境影響評価書(甲8)にいう人工干潟造成予定地は、評価書の段階では「埋立地南西側」であったが、同所はトカゲハゼ保全の適地にはならず、その後埋立地北西側の「深堀れ地」側に変更され、なお適地となるための条件が検討されなければならないなど、人工干潟造成の課題は多い(甲57の1−5枚目(2))。

  このように、仮に人工干潟が造成されたとしても、人工干潟の維持管理(泥の補給維持)、トカゲハゼの保全(人工増殖、放流)等には莫大な費用が必要であり、工事終了後の予算的保障はない。

(5)人工干潟におけるトカゲハゼの保全

  甲78(平成17年度中城湾港新港地区トカゲハゼ生息状況等監視調査委託 報告書(沖縄県観光商工部企業立地推進課、国土環境株式会社、平成183月))の「まえがき」では、「人工的なメンテナンスを寸断すると、資源が激減する可能性が高く、・・・種苗維持管理は重要である」として、人工増殖の必要性を謳っている。すなわち、人工干潟でのトカゲハゼの保全は人工増殖・放流が不可欠である。

  ところが、本件環境影響評価書では、「稚魚の放流」については何も記載されていない。それどころか沖縄県の準備書面(9)(平成18926日)では、「泡瀬地区におけるトカゲハゼの生息地は、出島方式を採用することにより、埋立を回避している。また、本地区においては、学術的に貴重であることを配慮し、新たな生息環境を創出するものである。よって、人工増殖等を行う予定はない。」(3〜4ページ)と明言している。

  しかしながら、トカゲハゼ報告書に記載ある新港地区での経験からしても、泡瀬地区埋立地に計画されている人工干潟もトカゲハゼ生息地としては完成されたものとは言えず、結局泡瀬地区の人工干潟がトカゲハゼ保全にどの程度役立つのかは全くの未知数であり、人工干潟を作るからトカゲハゼの保全は可能であるとは到底言えないのである。

 

第7 貝類について

 

1 泡瀬干潟における貝類の豊富さ・希少種の多さ

(1)泡瀬干潟には300種を超える貝類が生息している。この生息種の多さは日本最多と考えられ、泡瀬干潟は貝類の種多様性が日本で最も高い干潟であると考えられる(山下調書2頁)。

(2)また、生息量(生物量)が非常に大きいことも明らかとなっている。特に、ホソスジヒバリ、リュウキュウサルボウ、ハボウキ、リュウキュウザルガイ、リュウキュウバカガイ、リュウキュウアリソガイ、リュウキュウアサリなどの海草藻場に生息する大型二枚貝の生物量は大きい。リュウキュウサルボウ、ハボウキ、カワラガイ、リュウキュウアサリ、その他複数の種で、日本もしくは琉球列島最大規模の個体群が存在している。こうした大きな個体群は、それぞれの種の琉球列島における個体群維持において、非常に重要な存在である。

(3)さらに、泡瀬干潟の貝類のうち、101種が「レッドデータおきなわ」(沖縄県文化環境部自然保護課,2005)に登載されている。その内訳は、絶滅危惧IA類=4種、絶滅危惧IB類=12種、絶滅危惧II類=22種、準絶滅危惧=54種、情報不足=9種である。事業者調査でも、113種(魚類3種、甲殻類11種、貝類99種)の絶滅危惧種が確認されており(沖縄総合事務局2006)非常に多くの絶滅危惧種・希少野生動物種が泡瀬干潟に分布している。

(4)しかも、泡瀬干潟では、最近になり新種・日本新記録種が続々と発見されている。ユンタクシジミ(チリハギ科)は、2006年に石垣島名蔵湾をタイプ産地として新種記載されたが、名蔵湾以外では泡瀬干潟でしか分布が知られていない(Lutzen & Kosuge, 2006)。ザンノナミダ Semelangulus lacrimadugongi(ニッコウガイ科)も2007年に泡瀬干潟をタイプ産地として新種として記載された。この他に、ニライカナイゴウナ Leucotina sp.(イソチドリ科)、チブルヌサリガイ Montacutidae gen. et sp.(ブンブクヤドリガイ科)は新種である可能性が高い。

  日本新記録種としては、フィリピンハナビラガイFronsella philippinensis(ブンブクヤドリガイ科)、ジャングサマテガイSolen soleneae(マテガイ科)、ドロアワモチ科のParaonchidium属の2種などが泡瀬干潟で確認されている。

(5)以上の貝類の他に、甲殻類のヒメメナガオサガニ Macrophthalmus (Macrophthalmus) mycrofylacas(オサガニ科)が,2006年に泡瀬をタイプ産地して新種記載された。ホソウミヒルモ(トチカガミ科)も2006年に新種記載されたが、ホソウミヒルモは、泡瀬での発見が契機となって大きく研究が進展した種であり、2006年に新種記載された(Kuo et al., 2006;タイプ産地は金武湾)。

 

2 貝類につき実施された環境影響評価の問題点

(1)海洋底生動物の調査手法、調査範囲・調査ポイントの不備

ア 環境影響評価書における海洋底生動物の調査は、底生動物調査(採泥法)と干潟生物調査(目視観察、坪刈り=コドラート法、生物相分布=目視観察)によって行われている。底生動物調査は5地点で行われており(甲8:評価書:5-333, -5.2.16(1))、干潟生物調査の目視観察と坪刈りは15地点で行われている(甲8:評価書:5-333, -5.2.16(2))。また,干潟生物調査の生物相分布の調査は泡瀬の干潟域のかなり広い範囲で行われている(甲8:評価書:5-353, -5.2.17)。

イ しかし、これらの調査において、埋立計画地内部の定点で行われた調査は、底生動物調査において2地点、干潟生物調査の目視観察と坪刈りにおいて6地点に過ぎない。これは、泡瀬干潟の広さに比して、調査地点数が少なすぎる。

ウ また、第一期の工事範囲内の調査は、底生動物調査のSt. 21地点、干潟生物調査の目視観察、坪刈りのSt. 51地点の2ヶ所しかない。

エ 泡瀬の埋立面積(187ha)のうち、干潟域(潮間帯域)を55haとして計算すると、残りの130ha(埋立面積の70%。これは日本では少し広めのゴルフ場の面積に匹敵する)が浅海域(潮下帯域)となる。

  埋立面積の70%に及ぶ約130haの浅海域での底生動物調査は、St.1St. 2(甲8:評価書,5-333, 5.2.16(1))の2ヶ所のみで、採泥法によって行われているに過ぎない.

オ この調査は平成825811月(冬・春・夏・秋)に行われているが、採泥器の型や大きさ、一季節での試行回数は明記されていない(甲8:環境影響評価書,5-332, 5.2.19)。

   St. 1の調査からは、213種の底生動物が採集され、個体数からみた主要種としてノコバオサガニなど7種が、St. 2の調査からは、1659種の底生動物が採集され、主要種としてAonides oxycephalaなど5種があげられている。わずかに12種の名前(種名未同定6種を含む)が挙げられているだけで、詳細な情報に乏しい(甲8:評価書,5-343, 5.2.23)。

カ 採泥調査に通常用いられるエクマンバージ採泥器の一般的な採泥面積は、15cm x 15cmもしくは20cm x 20cmであるが、この底生動物調査でエクマンバージ採泥器(20cm x 20cm)が使われたと仮定すると、1回の採泥面積は0.04m2であり、一つの季節に採泥が2ヶ所で5回繰り返されたとしても0.4m2にしかならない。これは浅海域130ha0.0000003%である。

キ このような調査で、埋立計画地130haの浅海域の底生動物相を把握できるとは到底考えられない。実際に、この底生動物調査は埋立計画地の浅海域の底生動物相を全く反映していないものになっている。

ク この調査地のうち、St. 1は泡瀬の岸寄りにある過去の浚渫地跡の深みである。

ケ 第1工事計画地の約95%を占める浅海域の底生動物調査地点はSt. 2だけである。この第1期工事計画地の浅海域には、非常に多くの底生動物が生息しており、マクロベントス(大型底生動物。底生生物(ベントス)のうち、0.5mmもしくは1mm目のフルイ上に残る底生動物のこと。例えば、アサリやハマグリなどの二枚貝や、ゴカイ、巻貝、イソギンチャク、カニ、ナマコなどが該当する。)だけでも、数百種が生息していると考えられる。しかし、環境影響評価書では、この第1期工事計画地の浅海域に貝類や甲殻類がいることさえ記載されていないのは、調査の杜撰さを如実に示すものである。

コ 底生動物調査の調査手法としては、定点を増やすと同時に、目視観察調査(定性調査)が行われるべきであったと考えられるが、底生動物の目視観察調査は干潟域で行われているだけである。

サ 浅海域の面積が埋立面積の70%に及ぶ、すなわち主要部分であることを考慮するなら、この底生動物調査は、@当該浅海域が埋立地の70%を占める主要部分であるという認識がないこと、A埋立面積に対して、あまりにも調査面積が小さいこと、B浅海域に多数の底生動物が存在することを考慮していないことなどによって、調査姿勢、調査方法において著しい欠陥を有している。

  このように、環境影響評価書における海洋底生動物の調査は、埋立計画地内部の調査、特に埋立計画地の大部分を占める潮下帯での調査において、極めて不充分で杜撰である。

(2)調査時期・期間の不備

ア 干潟生物調査の目視観察の調査期日は平成8279日(冬季)と同82830日(夏季)であり、干潟生物調査の生物相分布の調査の調査期日は平成591417日であるが、干満差の大きい春季に調査が成されていないのは、干潟の調査方法として不備である。他の様々な調査では、春季(5月)の調査も行われているのに、干潟生物調査において干満差の大きい春季に調査が行なわれていないのは、調査計画の大きなミスである。このように干満差の小さい時期に調査が行われているため、泡瀬干潟の低潮帯の生物相が、環境影響評価書において全く把握されていない。

イ また、干潟生物調査に使われた日数は10日間であり、泡瀬のような広大な干潟域において、わずか10日間の調査で干潟生物調査を済ませていることも不十分な調査であることを示している。

ウ 以上のように、環境影響評価に係る底生動物調査は、調査範囲・時期・方法などが不備であり、そのために干潟域の生物相を把握できていない非常に不充分な結果になっている。

(3)以下では、そうした調査手法の不備が、環境影響評価書にいかに反映されているかを、具体的に検証していく。

ア 本件環境影響評価書に記載された貝類の種類数

(ア)環境影響評価書に具体的な科・属・種名があげられた貝類は、わずか26種(属・種未決定4を含む)にすぎない(甲8:5−342〜353頁、409頁参照)。このうち、タマエガイ(甲8:5-343,表-5.2.23)は琉球列島には分布しておらず、ヒナタマエガイMusculus nanusの誤同定と考えられる。また、ホソウミニナ(甲8:表-5.2.26(1))も琉球列島には分布しておらず、リュウキュウウミニナBatillaria flectosiphonata(ウミニナBatillaria multiformisと同種とする説もある)の誤同定と考えられる。こうした優占種に誤同定があること、僅かに取り上げられている「種」において属・種未決定が含まれていることは、環境影響評価書における生物分析の杜撰さを示している。

(イ)また、干潟生物調査結果として、冬季に93種、春季に90種を確認しているが、生息環境・生活型別に種数を挙げているのみで、どのような動物群で構成されているか明らかにされていない(甲8:表-5.2.26(1),(2)・5−349〜350頁)ことも問題である。

  前記のように、泡瀬海域に生息する貝類の種類数は400種を超えると考えられるが、環境影響評価書では、このような貝類の種多様性が全く評価されていない。

  これは前記の調査手法の不備に由来している。

イ 中潮帯下部から低潮帯に生息する貝類の不記載

  環境影響評価書に具体的な科・属・種名があげられた貝類26種のうち、干潟域で確認されている種は21種である。これらの種の多くは中潮帯に生息する種で構成されており、海草藻場があり種多様性が高い低潮帯の種は、殆ど記録されていない。これは、前記のように調査手法が不備なためである。そのため、環境影響評価書は泡瀬干潟の貝類相の全体像を全く把握していないものになっている。

  泡瀬干潟の中潮帯下部から低潮帯には、ホソスジヒバリ、リュウキュウサルボウ、ハボウキ、リュウキュウザルガイ、リュウキュウバカガイ、リュウキュウアリソガイ、リュウキュウアサリなどの大型二枚貝が多産している。これらの種は、その個体の大きさと生息量の多さによって、泡瀬干潟の生態系の栄養循環において重要な位置を占めると考えられるが、環境影響評価書には記載されていない。

  これらの種は、泡瀬干潟において素人でも用意に見つけられるものであって、そのような貝類の記載がないことは、環境影響評価書が科学性・専門性を有していないことを示している。

ウ また、これらの種の多くは泡瀬の第1期工事計画地の浅海域で見つかっている。泡瀬の第1期工事計画地の浅海域の生物相は、日本自然保護協会、泡瀬干潟を守る連絡会、泡瀬干潟生物多様性研究会により調査されている(山下調書10頁等参照)。

  当該浅海域には、海草藻場やサンゴ群落があり、海草がまばらな砂泥底や細砂底も存在する。海草藻場には、ホソスジヒバリ、ハボウキ、カブラツキ、リュウキュウバカガイ、ユキガイ、シラオガイなどの貝類が豊富に生息する。砂泥底には、スイショウガイ、オキナワハナムシロ、カゲロウヨウバイなど、琉球列島では生息地の少ない種が見られる。スイショウガイは、泡瀬が中城湾唯一の現存生息地である。細砂底には、ニライカナイゴウナ、トウカイタママキ、ウミエラの1種などの希少な種が生息している。特に、砂泥底・細砂底の生物相は、琉球列島で報告例のない貴重なものである。

  新種記載されたホソウミヒルモ、ヒメメナガオサガニも、この浅海域で確認されている。

  「レッドデータおきなわ」に登載された生物も、貝類を中心に非常に多く生息している。

  しかし、前述したような杜撰な底生動物調査しか行われていなかったため、こうした生物相は、環境影響評価の段階では、全く把握されていなかった。環境影響評価書では、この第1期工事計画地の浅海域に貝類や甲殻類がいることさえ記載されていない。

(4)海洋底生動物の評価の問題点

  以上のように環境影響評価書では、海洋底生動物の生息状況の把握が全く不充分であるため、その評価・保全策は極めて杜撰なものになっている。

  例えば、環境影響評価書5-409 (-5.2.37)は「泡瀬海域における特徴的な生態系の注目種一覧」として、干潟・藻場・サンゴ礁での注目種が示されている。干潟における底生動物の注目種としては、ヒメヤマトオサガニ・コメツキガニ・イボウミニナ・ヘナタリガイ・ゴカイ類が、藻場における底生動物の注目種としてはナガウニが、サンゴ礁における底生動物の注目種としてはナガウニ・ナマコ類が挙げられている。この「泡瀬海域における特徴的な生態系の注目種一覧」が、泡瀬海域における特徴的な生態系の底生動物の注目種を全く反映していない。注目種の選定の杜撰さもさることながら、泡瀬海域に生息する膨大な種数の底生動物のうち、7「種」しかあげられておらず、この表-5.2.37(5−409頁)は、底生生物の実態を反映していない(山下調書9〜16頁)。

  こうした杜撰な調査・評価に基いているため、環境影響評価書の海洋底生動物の保全策は極めて不充分で、貝類・甲殻類などの保全策は殆ど記述されていない(山下調書18頁上段)。

 

3 新種・希少種の発見

(1)本件環境影響評価書作成後、市民・研究者によって、泡瀬干潟の生物多様性の高さ、その生態系の貴重性、新種・絶滅危惧種・貴重種の生息などが、何度も報告されてきた。その度に沖縄総合事務局は、事実確認調査を行い、「中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書(平成123月)に記載されている動植物以外の種の存在等について」という文書を出して、いくつかの保全策を施してきた。しかし、保全策としては埋立回避ではなく、埋立進行を前提としており、現在まで着々と埋立工事が行われている。また、本件環境影響評価書が杜撰であったために、国民はアセスメント後の調査・保全対策に莫大な税金を支払わされている。ここでも、埋立事業を認可した県の責任は大きく問われる。

(2)また、「レッドデータおきなわ」改訂版(沖縄県文化環境部自然保護課,2005)が出版されたことによって、泡瀬には絶滅危惧種の海洋動物が大量に存在することが明らかになった。事業者調査でも、県のレッドデータブック登載種が埋立予定地を含む周辺海域から113種(魚類3種,甲殻類11種,貝類99種)が確認された(沖縄総合事務局,2006)。国あるいは県のレッドデータブックに登載された種は、「種の保存法」あるいはそれに類する県の条例によって「希少野生動植物種」として指定されていないとしても、将来「希少野生動植物種」に指定される可能性が高く、いずれにしてもその保全が緊急の課題となっていることは明白である。

  上記「レッドデータブックおきなわ」は、「沖縄の自然とレッドデータブック」(甲98)と同義として使用しているが、甲98は、「絶滅の危機に瀕する野生生物の保護を行うための基礎資料」(4頁)であり、同6頁以下のカテゴリー定義にあるように、登載種は、「情報不足」種も含め、いずれも絶滅の危機にさらされ、緊急に保護を必要とするものである。

(3)このように生物の新種が相次いで発見され、しかも新種のタイプ産地として新たに指定された場所を埋立てる公共事業は、日本では前例がない。

  埋立の進行はレッドデータブックの軽視であり、レッドデータブックを出版した県の環境部局との内政矛盾であり、沖縄県民のみならず人類の共通の遺産・資源を破壊する行為である(山下調書18頁下段〜20頁)。

 

4 海洋生物生息地(生態系)の総合的評価

  これまで述べてきたように、泡瀬干潟は貝類の種多様性の高さ、生息量の豊富さ、希少種・重要種の多さから見て、貝類の生息地として、非常に貴重かつ重要な場所であることが明らかである。底生生物は同海域の生態系の基礎を形成しており、底生生物の豊富さは生態系全体の豊かさを現している。

  また、海草の生息種数が日本一であること(開発・廣瀬,2007)、トカゲハゼやクビレミドロの生息地であること、いくつかの貴重なサンゴの発見など、泡瀬の生態系の貴重性・重要性を裏付ける事実は枚挙にいとまがない。

  総合的に見て、泡瀬干潟は日本及び琉球列島において、極めて重要な生態系であることが明白である。それはまた、世界・地球規模でも、重要な生態系であることを意味している。絶滅危惧種が多数生息する泡瀬干潟は「絶滅危惧種の遺伝子の宝庫」(山下調書3頁)、また、西太平洋の亜熱帯域の海草藻場を中心とした干潟生態系の一つの典型、あるいは「極相」として、世界的な視点で捉えれば、泡瀬干潟の保全の必要性は、より明確になる。

   加えて、日本・沖縄の干潟は開発によって大きく失われており、沖縄本島でも川田干潟・与那原干潟など1000ha以上の干潟が、ここ数十年で失われている。干潟生態系の価値は、近年、学術的にも行政的にも大きく認知されるものとなったが、干潟生態系の破壊は実際には歯止めされていない。このような生態系の総合的評価は、公共事業や環境影響評価において、最も過小評価されている部分である。

  こうした、泡瀬干潟の生態系の国際的価値と、国内の干潟生態系の減少という問題を総合的に捉えた場合、泡瀬干潟の埋立は可能な限り回避されるべきである。

  泡瀬海域では、環境影響評価後に、多くの新種・貴重種が発見され、さらに「レッドデータおきなわ」の改訂により多くの「希少野生動植物種」が生息することが公にも認知された。泡瀬に関する論文も多く発表され、日本自然保護協会は、実に306ページに及ぶ報告書を出版している(開発・廣瀬,2007)。非常に多くの研究者が、様々な分野から、泡瀬の生態系の貴重性を主張してきた。

  ところが、沖縄総合事務局・沖縄県・沖縄市は、生態系の総合的評価を再検討する機会を無数に与えられながら、これを真摯に検討することをしてこなかった。

  本件埋立の最大の問題点は、埋立により破壊される生態系の貴重性があまりにも高いこと、そして、この生態系の豊富さ、貴重性が環境影響評価書に反映されず、しかも許認可権者もこの不備を見抜けなかったところにある。

 

第8 浚渫土砂による埋立について

 

1.浚渫土砂を埋立に利用する工事計画の概要

  中城湾港(泡瀬地区)公有水面埋立事業に係る環境影響評価書(平成123月、甲8、以下「泡瀬アセス書」という)において、工事の概要は「・・また、埋立ては、各区域に係る外周護岸等を既成させ、区域を閉水域とした後、隣接する新港地区の航路・泊地をポンプ浚渫船により浚渫し、浚渫船に連結した排砂管を一部海底に沈設するなど船舶航行上の配慮をしながら埋立地まで敷設し、浚渫土砂を圧送排出して埋立地に投入する」、また泡瀬地区航路泊地浚渫土砂については「グラブ浚渫船により採取した土砂を台船で運搬し、埋立地に揚土機械で投入する」(泡瀬アセス書2-9)とある。そして、埋立てに用いる土砂等の量、種類及び性状を泡瀬アセス書2-39に示してある。新港地区航路泊地等浚渫土砂量は710万立方メートル、泡瀬地区航路泊地等主節土砂量は220万立方メートル、合計930万立方メートルとなっている。泡瀬アセス書2−40〜41の図によれば、埋立て土砂の採取場所及び搬入経路が示されているが、新港地区航路泊地の浚渫土砂については、長いところで直線距離で1.5ないし3kmの距離を排砂管で圧送排出して、本件埋立地(人工島)に搬入することになっている。

 

2.新港地区航路泊地の浚渫土砂の粒度組成、工事に係る水質調査について

  泡瀬アセス書5-131には床掘土砂及び浚渫土砂の粒度組成が示されているが、浚渫土砂採取場所の粒度組成も、新港地区については泊地のSt.A-1〜A-5(泡瀬アセス書5-130131)が示されているだけで、新港地区浚渫予定航路の粒度組成は何も示されていない。泡瀬地区についてはSt.B−1〜B−5(泡瀬アセス書5−130〜131)により泊地及び航路各1箇所の粒土組成が示されているが、それだけで長い航路の粒土組成が判明していない。また、試料採取位置も、わずか3箇所であり、そのうち浚渫場所は1箇所(St.3、泡瀬アセス書2-4142)だけである。浚渫土砂がどのような粒度組成の土砂か、またどのような物質(有機、無機化合物)を含んでいるのかを調査分析することは、極めて重大なことであるのに、調査もされていないことはきわめて重大なことであり、この点アセス手続が極めて杜撰である。

 

3.ポンプ浚渫パイプ輸送法の問題点

  本件工事のうち、新港地区航路泊地の浚渫土砂について「浚渫船に連結した排砂管を一部海底に沈設するなど船舶航行上の配慮をしながら埋立地まで敷設し、浚渫土砂を圧送排出して埋立地に投入する工法」(以下「ポンプ浚渫パイプ輸送法」という)は、長いところで約3kmに及ぶポンプ浚渫パイプ輸送法である。 排砂管(パイプ)の敷設位置や敷設方法、土砂の圧送時のパイプの震動・移動の大小などによっては、泡瀬干潟に近接する浅海域の海底環境や同所に生息する生物の生息状況を大きく変える可能性がある。本件のポンプ浚渫パイプ輸送法は大規模の工事である。約27ヶ月間(甲69。「設計概要説明書」2-982-99参照。第T期、第U期の工期期間)に及ぶ圧送に伴う振動・移動の発生、これによる海底環境や生物に与える影響など、工事が環境に与える影響は極めて大きいと考えられる。

  また、排砂管を一部海底に沈設する場所は、サンゴの一種ヒメマツミドリイシと海草(主にリュウキュウスガモ)が約29千u群生している場所であり、この工事がサンゴ礁、海草藻場に与える影響も大きいことが予想される。

  ところが泡瀬アセス書には、この海域のサンゴ礁の被度は10%以下と記載されており、保全の対象とせず(泡瀬アセス書5-368、サンゴ類分布状況)、この工事が環境に与える影響の予測・評価も行っていない。しかし、この海域は、ヒメマツミドリイシが約29千u群生している場所(甲32。平成17712日、環境監視委員会、事業者に情報が寄せられた種について)であり、無視できないことから、事業者もこの区域を新たにサンゴ類の補足調査地点に追加している(甲70。平成19316日、中城湾港泡瀬地区環境監視委員会、平成19年度環境監視調査計画(案)、平成19年度に変更したい内容等、図1.1.1)。

  また、排砂管を一部海底に沈設する場所のうちには広大な砂州も含まれ、そこはコアジサシの産卵、育雛の場所であり、ここも19年度追加調査地点になっている(上記甲70。図1.1.1参照)。この工事がコアジサシの繁殖に大きな影響を与えることは必至であるのに、泡瀬アセス書ではその環境影響評価もなされていない。

  さらに、ポンプ浚渫パイプ輸送法におけるパイプの沈設場所(配置図)や工法なども何も示されていない。

 

 4.汚濁防止膜設置の欺瞞性

  ところで、ポンプ浚渫・パイプ輸送工法での工事実施にあたって、設計概要説明書2-90(甲69)では、「工事実施による濁りの拡散を防ぐ必要があり、護岸工事中、埋立工事中はその周辺にナイロン製の汚濁防止膜を設置する。」とあり、泡瀬アセス書(5-404等)でも「工事区域外への濁りの流出を防止するため汚濁防止膜を設置する。」とあり、汚濁防止膜を設置すれば、「濁りの拡散を防ぐ」ことが出来るとされている。ちなみに「汚濁防止膜敷設によるSS拡散防止効果」は5割とされている(泡瀬アセス書5-137)。

  しかし、実際は、汚濁防止膜の設置だけでは、濁りの拡散は防止できない。汚濁防止膜は発生したシルト(濁りの主成分、微小な粒子)を工事期間中、汚濁防止膜内に閉じ込めておくだけであり(それも、汚濁防止膜が完全に機能した場合である)、工事中断中(4月〜7月)は撤去されることから、汚濁防止膜撤去後はシルトは工事区域外に拡散する。このことは泡瀬アセス書では記載されていない。そのことを「泡瀬干潟を守る連絡会」が指摘している(甲71。「事業者の工事不備による海上工事周辺海域の汚染についての抗議と要請」、200684日、宛先沖縄総合事務局)。

  そのようなこともあって、事業者は、汚濁防止膜撤去時において、汚濁防止膜の周辺の「シルトの除去作業」(甲72。中城湾港泡瀬地区の工事に伴う汚濁防止対策について、平成19311日、沖縄総合事務局、那覇港湾・空港整備事務所)を行っている。しかし、事業者が示したデータは、堆積したシルトの量などは示されておらず、除去されるシルトはほんの一部であり、大部分は拡散していると思われる。このように、汚濁防止膜の設置だけでは濁りの拡散は防止できない。泡瀬アセス書では「シルトの除去作業」は何もふれてなく、埋立工事による「濁りの拡散防止」の予測・評価が極めて主観的・非科学的であることは明らかである。

  なお、事業者は「工事期間中は汚濁防止膜を敷設している」と説明しているが、原告らが入手した現場ビデオテープによれば、実際に敷設された汚濁防止膜は既にズタズタに破れ、しかも、汚濁防止膜の底辺と海底との間には大きな隙間も開いていたにもかかわらず、そのままの状態で工事が進められていたものと推測される。また、展張されている汚濁防止膜は破れやすく、事業者は工事の前に何度も点検し、補修する状態である(甲72.別表―3)。さらに、汚濁防止膜が海底まで伸ばされていたとしても(これ自体信用できないが)、海底部分で密閉・固定されていない状態であるから、風波等で海底部分で隙間ができることもまた明らかである。このようなことから、「汚濁防止膜」はシルト拡散防止の役目を全く果たしていなかったことが判明している。(以上につき甲71、甲72、及び甲73、「泡瀬埋立、海上工事の汚濁防止膜の抜本的な改善、工事の中断を求める要請」、2007129日、泡瀬干潟を守る連絡会、宛先沖縄総合事務局。要請に使った記者会見資料)。そして、このようなことは、これまでも同様の埋立工事をしてきた事業者であれば、当然熟知していたところである。

  常識的に考えても、浚渫土砂を埋立地護岸内に投入したとしても、浚渫土砂は大量の海水分を含んでおり、この海水は護岸外に流れ出すことになり、この海水とともに浚渫土砂のシルトも流出することが予想される。

  また、工事期間中及び常時の「濁り調査地点」も少なく、調査地点も工事現場からかなり離れている。泡瀬干潟を守る連絡会がそのことを指摘し、改善を要請している(甲71、及び、甲73参照)。事業者は、それらの要請に応えて濁り調査地点の追加をおこなうなど(甲70)、「濁りの拡散防止」が極めて不十分だったことが明らかになっている。

 

5.「沈澱池」の欺瞞性

 埋立に使われる浚渫土砂から発生する大量のシルトによる濁りの拡散は十分予想されるが、それに対する対策として、別に「沈殿池の設置」が構想されているが(甲69.設計概要説明書、2-892-91)、第1期埋立工事区域86ha(概埋立地約10haを除く)の沈殿池としては規模があまりにも小さく、到底その用を足さない。さらに、その沈殿池(余水吐き護岸、C護岸、トチリ護岸に囲まれた場所)に張り巡らされている拡散防止膜も破損して、シルトが埋立地外に流れ出したことも明らかになっている(甲71)。

 なお、沈殿池の設置については、泡瀬アセス書では何も説明されていない。

 

6.小括

  泡瀬アセス書5-144にSSによる環境影響の予測結果が示されている。

  要約すると「・・したがって、SS発生量のピーク時においても、SSの影響は工事海域近傍に限られていることから、埋立工事期間全体を通してみても、海域の水質保全は図られるものと考えられる。」となっている。

  しかし、以上のような不備を前提とした上記予測は信用できず、本件環境影響評価は極めて不備であることは明らかである。

 

第9 環境影響評価法(省令)違反

 

1 「公有水面の埋立又は干拓の事業に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める省令(平成10年6月12日農林水産省・運輸省・建設省令第1号)(以下「省令」という。なお、同省令は最終改正平成18年3月30日であるが、本準備書面で引用する条文等は泡瀬アセス書が縦覧に供された平成12年3月以前から環境影響評価手続時に施行されていたものである)には、環境影響評価法の諸規定に基づき、公有水面の埋立事業等に係る環境影響評価の項目並びに当該項目に係る調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定めている。

  本件環境影響評価手続において、事業者は省令に規定された必要な調査・予測・評価を履践せず、しかも免許権者である沖縄県知事も敢えて又は不注意でこれを看過した。

  以下、具体的に指摘する。

 

2 鳥類について

(1)省令7条2号違反

  省令7条(調査、予測及び評価の手法)は、「手法」の選定にあたり、2号で動物及び植物について「重要な種の分布状況、生息状況又は生育状並びに動物の集団繁殖地その他の注目すべき生息地の分布状況について調査し、これらに対する環境影響の程度を把握できること」を要求している(引用者において要約した)。

  泡瀬アセス書では「重要な種」の例として「貴重種等の状況」としてカイツブリ以下11種を列挙し(5−298頁)、工事及び埋立地の存在によるこれらを含む鳥類への影響については、いずれについても「生息環境は相当程度保全される」としている(5−327〜328頁)。

  しかしながら、その理由とするところは、埋立予定地の周辺域に干潟や浅場が残ることを挙げているにすぎず、例えば「重要な種」とされているシロチドリやコアジサシについて何故その「生息環境は相当程度保全される」のか全く記載されていない。

  もっとも、このように理由が付されてないのもまた当然であるかもしれない。それは、事業者が前記省令7条2号が要求している「重要な種の分布状況、生息状況又は生育状並びに動物の集団繁殖地」などを「調査し、これらに対する環境影響の程度を把握できること」を履践していないのであるから、上記「重要な種」に対する環境影響の程度を解析することができず、科学的な影響予測ができないからある。

  例えば、シロチドリやコアジサシについては前記のとおり繁殖が確認されており、しかも、その繁殖場所は本件埋立地に向かう航路浚渫海域の近傍である。このため、シロチドリやコアジサシの繁殖地が消滅のおそれがある。ところが、これは泡瀬アセス書では大雑把な習性と出現場所の記録だけはあるが(5−299〜304頁)、繁殖の確認さえなされておらず、その他の生態等についても全く調査さえされていないため、影響予測ができないのである。

  以上から鳥類調査については、省令7条2号に違反する。

(2)省令7条3号違反

  省令7条3号では、「地域を特徴づける生態系に関し、上位性、典型性、特殊性の視点から注目される動植物の種又は生物群集を複数抽出し、これらの生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し、これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できること」を要求している(引用者において要約した)。

  泡瀬アセス書では、「生態系」について「上位性」欄にムナグロが記載されている(5−409頁)。そして、工事による影響予測として「現状において鳥類の多い沿岸干潟域は極力残存しており、水鳥類の生態に影響を及ぼすことは避けられないが、その程度は沖合人工島方式の埋立工事であることから、影響の程度は低減されている」、埋立地の存在による影響予測として「ムナグロ等の水鳥類はこれまで利用してきた約49haの干潟域は利用できなくなり、残存する干潟域での鳥類の収容力にもよるが、・・・干潟における鳥類の収容力に関する科学的根拠が明確になっていない現状ではあるが、現況において鳥類の多い場所を極力残しているので、影響は比較的小さい」としている(5−423〜424頁)。

  しかしながら、上記の記述では、何故「影響は比較的小さい」と言えるのか全く分からない。ムナグロについては、極めて大雑把な「生息環境」「食性」が記述されているが(5−420頁)、省令7条3号の要求する「生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境」はほとんど調査されておらず、したがってムナグロに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できる調査がされたとは到底言えない。ここで省令が要求しているのは、ムナグロが干潟の主にどの場所で、どのような餌をどの程度の量を食べ、どの場所で休憩し、一日の生活サイクルはどのようなもので、これらに関する他の鳥類その他の動植物と関係はどのようなもので、ある箇所の一定の干潟面積の収容力はどの程度であり、本件埋立計画地の埋立によりこれら日常的に使用している干潟面積がどの程度失われ、これによる泡瀬干潟におけるムナグロ等の収容力がどの程度減少するのか、などと考えられる。これらをある程度調査しなければ、ムナグロの生息への影響などは予測できるはずがない。この意味で、省令の上記要求は極めて当たり前のことを確認しているにすぎない。にもかかわらず、山城証言(12〜13頁など)にもあるように、この作業を全くしていないのである。

  その他、泡瀬アセス書における鳥類の出現種類数が少ないなど、現況を十分反映していないことも、結局は調査回数、調査時期の選定などに誤りがあった故であり、これは省令9条(調査の手法)1項5号(調査期間、時期又は時間帯について適切かつ効果的でなければならない)、同条3項(調査について季節変動を考慮する必要がある場合には適切に調査期間を選定すること)などの要求に従っていないことに起因している(甲114−3頁下段〜6頁上段など参照)。

  以上から鳥類調査は省令7条3号等に違反している。

 

3 貝類について

(1)貝類についても、埋立計画面積の70%に当たる130haの浅海域(潮下帯)について底生生物調査はたった2箇所しか行われていない。その内現在埋立が進行している第1期工事計画地についてはたった1箇所の調査である。このような調査方法の誤りにより、調査結果自体現況を反映していないものとなっている。しかも、本件埋立免許後の事業者調査によっても、これら浅海域から沖縄県版レッドデータブックに登載された絶滅危惧種が113種(この内、底生生物は甲殻類11種、貝類99種を含む)見つかっており、同海域は希少種が多く生息している貴重な生態系であることが明らかとなっている(甲120−2頁1−3項参照)。

(2)省令7条2号では、動植物については「学術上又は希少性の観点から重要な種の分布状況、生息状況又は生育状況(中略)並びに動物の集団繁殖地その他の注目すべき生息地の分布状況について調査し、これらに対する環境影響の程度を把握できること。 」とし、

  7条3号では、生態系について「地域を特徴づける生態系に関し、前号の調査結果その他の調査結果により概括的に把握される生態系の特性に応じて、(中略)、典型性(中略)及び特殊性(中略)の視点から注目される動植物の種又は生物群集を複数抽出し、これらの生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境を調査し、これらに対する環境影響その他の生態系への環境影響の程度を適切に把握できること。」

 と規定している。

  しかし、前記のとおり、底生生物調査があまりにも杜撰な結果、上記省令7条2号及び3号の要求を満たす調査は行われておらず、「環境影響の程度」等を把握できる水準に達していない。

(3)省令8条(標準手法)1項は、「事業者は、対象埋立て又は干拓事業に係る環境影響評価の調査及び予測の手法(標準項目に係るものに限る。)を選定するに当たっては」、別表第二に規定する「標準手法」を基準として選定しなければならない。」としている。そして、「別表第二 標準手法(第八条関係)」は、

「重要な種及び注目すべき生息地」に対する「堤防及び護岸の工事並びに埋立ての工事」ないし「埋立地又は干拓地の存在」による環境影響については、

「一 調査すべき情報」として

イ 鳥類その他主な陸生動物及び主な水生動物に係る動物相の状況

ロ 動物の重要な種の分布、生息の状況及び生息環境の状況

ハ 注目すべき生息地の分布並びに当該生息地が注目される理由である動物の種の生息の状況及び生息環境の状況

 を掲げ、

「二 調査の基本的な手法」として、「文献その他の資料及び現地調査による情報の収集並びに当該情報の整理及び解析」とし、

「三 調査地域」として、「対象埋立て又は干拓事業実施区域及びその周辺の区域」とし、

「四 調査地点」として、「動物の生息の特性を踏まえて調査地域における重要な種及び注目すべき生息地に係る環境影響を予測し、及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点又は経路」

 などと規定している。

  また、「地域を特徴づける生態系」に対する上記「工事」及び上記「存在」による環境影響については、

「一 調査すべき情報」として、

イ 動植物その他の自然環境に係る概況

ロ 複数の注目種等の生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況

 を掲げ、

「二 調査の基本的な手法」として、「文献その他の資料及び現地調査による情報の収集並びに当該情報の整理及び解析」とし、

「三 調査地域」として、「対象埋立て又は干拓事業実施区域及びその周辺の区域」とし、

「四 調査地点」として、「動植物その他の自然環境の特性及び注目種等の特性を踏まえて調査地域における注目種等に係る環境影響を予測し、及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点又は経路」

 などと規定している。

  なお、上記において「重要な種」とは、それぞれ学術上又は希少性の観点から重要なものをいい、「注目すべき生息地」とは、学術上若しくは希少性の観点から重要である生息地又は地域の象徴であることその他の理由により注目すべき生息地をいい、「注目種等」とは、地域を特徴づける生態系に関し、上位性、典型性及び特殊性の視点から注目される動植物の種又は生物群集をいう、とされている。

  また、甲132−106頁2)b)でも、「各動物群毎の現地調査は、予測及び評価において必要とされる水準が確保できるよう、適切な方法を選定して行う」とされている。

  埋立計画地浅海域には前記のとおり沖縄版レッドデータブック登載種が100種以上生息することが確認されており、これらレッドデータブック登載種やその生息地である埋立計画地内の浅海域が「重要な種及び注目すべき生息地」や「複数の注目種等」に該当することは明らかである。したがって、自然環境調査に当たっては、「動物相の状況」、「動物の重要な種の分布、生息の状況及び生息環境の状況」、「注目すべき生息地の分布並びに当該生息地が注目される理由である動物の種の生息の状況及び生息環境の状況」「複数の注目種等の生態、他の動植物との関係又は生息環境若しくは生育環境の状況」などの調査項目を調査するために、上記各四に記載された「環境影響を予測し、及び評価するために必要な情報を適切かつ効果的に把握できる地点」を適切に調査すべきであったにもかかわらず、埋立計画地のうち約130haの浅海域においてわずか2箇所で底生生物調査を行ったのみであり、省令8条の規定に従った自然環境調査とは到底言えない。

 

4 鳥、トカゲハゼ、貝類に関する泡瀬アセス書について

(1)前記省令8条(標準手法)1項及び別表第二「標準手法」では、「重要な種及び注目すべき生息地」及び「地域を特徴づける生態系」に関する工事や埋立地の存在の「予測の手法」の欄に、「事例の引用又は解析」が規定されている。この趣旨は類似事例の引用又は解析を指している。

  また、省令8条を元に環境影響評価手続について解説をした甲132においても、110頁末行において類似例の「引用又は解析」をすることとしているが、これに最もふさわしい類似例は新港地区の埋立である。

  しかし、鳥類についても新港地区の事例を全く顧慮しなかったことは前記のとおりである。

  また、トカゲハゼについても、泡瀬アセス書は、ほとんど新港地区のアセス書と同趣旨の理由により「影響は軽微」としているが、新港地区の埋立経過に照らせば、何故「影響は軽微」と言えるのか全く分からない。

  新港地区埋立という類似事例について「引用又は解析」をしていない泡瀬アセス書は、省令8条に違反している。

(2)省令9条(調査の手法)1項2号は「調査の基本的手法」として「国又は関係する地方公共団体が有する文献その他の資料の入手、専門家等からの科学的知見の聴取、現地調査その他の方法により調査すべき情報を収集し、その結果を整理し、及び解析する手法」を採用することを要求している。

  沖縄県等行政当局はコアジサシ等の繁殖について情報を把握していたであろうし、「専門家」である沖縄野鳥の会では以前からコアジサシ等の繁殖活動を確認していたのであるから、事業者が上記省令の規定を履践していたならば、容易に絶滅危惧種であるコアジサシ等の繁殖活動と基礎的な情報を入手し得たはずであるが、これを怠った結果、これらの情報が泡瀬アセス書に記載されず、免許権者である沖縄県知事もこれを看過している。

  また、トカゲハゼについても、新港地区埋立によるトカゲハゼの生息状況の経過に対する資料を全く検討せず、専門家からの科学的知見の聴取をしたとの記載もない。

  これらの経緯からは本件環境影響評価手続は、鳥類、トカゲハゼに関して、省令9条1項2号に違反している。

(3)また、省令9条は上記1項2号に加え、4号で「調査地点」について、「調査すべき情報の内容及び特に環境影響を受けるおそれがある対象の状況を踏まえ、地域を代表する地点その他の調査に適切かつ効果的であると認められる地点」と規定している。

  しかし、貝類並びに底生生物調査において、事業者が前記浅海域の調査にあたり「文献その他の資料の入手」に努力したり、「専門家」から情報提供を受けたり、「地域を代表する地点その他の調査に適切かつ効果的であると認められる地点」を適切調査したとは到底考えられない。

  前記浅海域では、泡瀬アセス書作成途中である平成11年頃から底生生物の専門家(名和氏。甲120−1頁中段参照)らの調査も開始されていたのであるから、その状況を専門家に問い合わせることも可能であったのであり、事業者がもし真剣にその努力をしていたならば、今回沖縄版レッドデータブックに登載された絶滅危惧種の全部又は一部の生息を把握し得たはずである。

  これらの作業をしなかったことは、貝類について省令9条(調査の手法)に違反していると言うべきである。

 

5 泡瀬アセス書全体に関して

  省令8条3項は、「標準手法より詳細な調査若しくは予測の手法を選定する」場合(重点化手法)として、

一  事業特性により、当該標準項目に関する環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあること。

二  対象埋立て又は干拓事業実施区域又はその周囲に、次に掲げる地域その他の対象が存在し、かつ、事業特性が次のイ、ロ又はハに規定する標準項目に関する環境要素に係る相当程度の環境影響を及ぼすおそれがあるものであること。

イ 当該標準項目に関する環境要素に係る環境影響を受けやすい地域その他の対象

ロ 当該標準項目に関する環境要素に係る環境の保全を目的として法令等により指定された地域その他の対象

ハ 当該標準項目に関する環境要素に係る環境が既に著しく悪化し、又は著しく悪化するおそれがある地域 」

 と規定しているが、本件埋立計画は、上記いずれについても妥当する。

  したがって、本件環境影響評価手続では、より詳細な調査、予測の手法が採用されるべきであったが、泡瀬アセス書の内容は、新港地区の各アセス書と同程度の極めて大雑把ないいかげんなものであり、この点で省令8条3項に違反している。

 

第8章 公有水面埋立法4条1項1号・2号・3号違反

 

1、同1号について

  本件埋立計画は同1号「国土利用上適正且合理的ナルコト」に違反する。

(1)本件埋立計画地は、自然環境上極めて価値が高く、他にかけがえのない干潟及び浅海域である。沖縄県でも多くの干潟が急速に失われて行く中で豊かな生態系が残された沖縄随一の干潟といえる。その豊かな生態系が残っている故に、沖縄県策定に係る「沿岸域における自然環境の保全に関する指針」評価ランク I (自然環境の厳正な保護を図る区域)又は評価ランクII (自然環境の保護・保全を図る区域)や、環境省策定にかかる「重要湿地500選」にも登載されている。希少種を含む渡り鳥飛来地としても貴重であり、また、本件埋立計画海域には多数の絶滅危惧種やレッドデータブック登載種が生息している。

  また、地元住民が自然と触れあう地域・海域であり、環境教育にとっても重要である。

  生物多様性条約、ラムサール条約、各二国間渡り鳥条約による生物多様性の保全や湿地の保全、渡り鳥の保護確保の要請や、生物多様性国家戦略などの国内政策の観点からも、本件埋立計画は相容れない。

(2)他方、被告県等が本件埋立計画の根拠としている観光客誘致等の構想は、合理性がないことは、本準備書面に記載するとおりである。

 

2、同2号について

  本件埋立計画は同2号「環境保全・・・ニ付キ十分配慮セラレタル」とは言えない。

(1)前記のとおり、動植物、生態系を中心とした環境影響評価の各環境要素について調査・予測及び評価にいずれの段階でも杜撰であり、非科学的、主観的であり、省令等の規定にも違反し、適正な環境影響評価がなされたとは言えない。

(2)被告県知事の環境保全に関する審査も杜撰であり、免許権限の行使を誤った違法がある。

  新垣証人は、「埋立免許の手続きは適正に行われた」(乙11−6頁(6))、「私が、免許の審査に当たり、本件埋立ての内容が妥当であり、また、当該埋立ての内容が免許基準を充足していると判断し」(乙38−1頁1)、すなわち環境保全に関しても適切だと判断した旨証言しているが、前記のとおり、本件環境影響評価手続は適正になされていないのみならず、また、本件環境影響評価書を審査した新垣証人は、「環境保全」について適切に審査していない。

(3)新垣証人の証言の概要は、以下のとおりである。

@「環境の専門ではないので、全部全部把握してチェックできてるかというと、そうではないということです。」(新垣調書15頁下段)。

A「・・・(環境影響評価)手続の中で、住民なり関係行政機関の意見を踏まえて、免許するかしないかっていう基準に照らしてやってるので・・・」(新垣調書17頁中段)。

B(環境影響評価書について意見が出されていない部分の吟味は)「目を通しますが、細かくチェックするということではありません。」(新垣調書17頁下段)。

C「私が環境の専門ではない。ですから、私自身は、免許担当ではありましたけど、環境の専門でもないし、工学の専門でもない、そういった一連の手続の中で、いろんな角度から意見を聞いて、それによって特に意見がなければ、この内容が妥当ではあるというふうに判断しております。」(新垣調書18頁上段)。

D新垣証人自身クビレミドロの移植可能性を学者などに照会したり、照会するよう関係機関に命じたりしたことはなかったが、移植が可能であることを前提に免許についての県知事決裁を求めた(新垣調書21頁中段)。

E環境影響評価書で代償措置として海草やクビレミドロの移植が記載されているが、移植の不確実性の程度について、環境部局から「不確実性は否めない」という意見があり、これについて事業者の見解は、「不確実性は否めないので、今後市民と環境の専門家の先生方のを踏まえて、いろんな検討をしながら、より確実なものにしていくというような回答がありましたので、それについて、配慮という意味ではてきせいになされてるだろうというふうに考えました。」(新垣調書25頁)

F海藻草類濃生・密生域とサンゴ類被度10%以上については都道府県価値を当てはめて環境保全目標を設定したのに、評価のところでは市町村的価値を当てはめて評価する、とされていることについては気付かなかった(新垣調書27頁)。

G新港地区におけるトカゲハゼの激減の経験が、本件環境影響評価手続の中で検討されたか否かについては、新垣証人は明確には答えていない(新垣調書31頁等)。

H浅海域の底生生物調査が2箇所だけであることは知らなかった(新垣調書33頁下段)。

I本件環境影響評価に関する専門的・実質的が審査・検討を誰が行ったかについては、「専門的な知見からは、文化環境部のご意見となろうかと思うんですが、最終的には、やはり免許権者はこちらのほうですから、こちらのほうになるのかと思います。」が、専門的な知見を踏まえた上での審査は、港湾か管理係では「なされていないというか、先ほどのことからすると、中身は目を通して、チェックはあまりやってないという話からすると、そういうふうに(なされていない−引用者)受け取ってもらう点もあるかもしれません。」(新垣調書34頁)

J準備書の段階で専門委員の意見は求めているが、評価書段階では求めていない(新垣調書36頁)。

(4)以上の新垣証人の証言によれば、環境影響評価手続の中では準備書の段階で専門委員の意見を聞いているとされているが、評価書段階では専門的な知見に基づく評価書の審査はなされていない。また、その後免許審査に際しても、本件環境影響評価書に関する専門的・実質的な「環境配慮」に関する審査はなされていない。

(5)環境影響評価法33条1項及び3項は、免許権者は環境影響評価書の記載事項等に基づいて環境の保全についての適正な配慮がなされるものであるかどうかを審査する旨規定しているが、環境庁環境影響評価研究会著「逐条解説環境影響評価法」(平成11年8月15日再版発行、(株)ぎょうせい。甲136)によれば、この趣旨は、免許権者は評価書等に基づいて、「免許等を行う者が対象事業が環境の保全について適正な配慮がなされるものであるかどうかについて審査し、その結果を免許に反映する旨を定めるものとされている(甲136−176頁「趣旨」参照)。

  そして、「適正な配慮がなされるものであるかどうか」の判断の具体的な内容は、(@)「環境保全上の支障を生ずるおそれがないかどうかという水準においてなされるもの」であり、「「環境保全上の支障」とは、・・・具体的には・・・保全すべき自然環境が保全されないことといったものがこれに当たる」とされている(甲136−179頁「参考」(注1)参照)。(A)また、評価書作成までの一連の「手続の瑕疵により重要な環境情報が見落とされ、その情報への配慮を欠く結果、環境保全上の支障が生じるおそれがある場合等には、手続の適否も免許に反映されることとなる」(甲136−180頁1行目以下)。

  同法33条による「環境の保全についての適正な配慮」についての審査は実質的なものであり、審査に当たっては専門的知識と知見が必要である。ところが、新垣証人によれば、評価書段階でも、免許審査に際しても、本件環境影響評価書に関する専門的・実質的な「環境配慮」に関する審査はなかったとされている。

  また、前記のとおり、本件環境影響評価手続における調査・予測においても、省令の規定に違背する「手続の瑕疵があり、この結果重要な環境情報が見落とされ、その情報への配慮を欠き、環境保全上の支障が生じるおそれがある」状況となっており、したがって「手続の適否も免許等に反映されることとなる」(前記甲136−180頁1行目以下)。

  以上のとおり、本件埋立計画については、公有水面埋立法4条1項2号の免許要件である「環境保全・・・ニ付キ十分配慮セラレタル」について必要な審査がなされているとは言えず、免許は違法である。