意見陳述書

                                        原告 亀山 統一
 
 私は東京大学・同大学院で森林保護学を専攻し、1994年に琉球大学農学部の教員となり現在に至っています。
琉球大学は、広大な琉球列島に唯一の総合大学ですので、就職に当たって、暖温帯から亜熱帯にあって島ごとに
特異な自然環境をもつ琉球列島の特徴を十分に活かした研究教育を行おうと考えました。
 そこで、つぶさに森林を観察したところ、陸上の森林にあっては沖縄島のリュウキュウマツ材線虫病(森林病害
虫等防除法にいう「松くい虫」被害)が森林保護上深刻な問題であること、また、日本では琉球列島に特異的に
存在するマングローブにあっては、病害や人為の影響などの負荷が森林の健全度に大きく影響していることが、
それぞれ見いだされました。それらを対象に、私は琉球列島の森林・マングローブの研究を始めたのです。とくに、
沖縄のマングローブにメヒルギ枝枯病という新病害を発見し、その研究を発展させる中で、マングローブとその周辺
の陸・川・海の保全の研究と活動に、深く携わるようになりました。
 マングローブの樹木が病気にかかる場合、それは病原微生物によって引き起こされるのですが、普通、単に病原菌
がいるだけで病気が大流行することはありません。樹木にストレスがかかっていること、すなわち、病気になりやす
くする誘因があることを要します。人為や自然によって与えられるこうしたストレス因子の解明が、森林保護学研究
では極めて重要です。
 そのため、私は琉球列島のほぼ全てのマングローブを現地調査しました。さらに、研究上重要と思われるマングロ
ーブを選んで、固定調査地をつくり、定期的に森林保護学上の実態調査を行っています。泡瀬干潟に隣接する比屋根
湿地は、沖縄市の都市域の中にありながら、沖縄島を北限とするヤエヤマヒルギなど3種のヒルギ科樹種が全て健全に
生育する貴重なマングローブが成立していることから、代替のきかない研究の場としてこれまで日常的に使用し、
成果を得てきました。
 森林保護学を専攻する者として見るに、琉球列島の干潟やマングローブは、現存するどれもみな非常に貴重なもの
であります。しかし、なかでも、泡瀬干潟・比屋根湿地の貴重性は特に高いものです。その根拠は、マングローブ、
干潟、サンゴ礁、海草藻場が、それぞれに極めて特異性が高く、しかも高い健全性を維持しつつ同じ場所に共存して
いるという事実を指摘するだけでも十分でしょう。多数の絶滅危惧種が生息し、現在も次々と新種・新記録種が報告
されるのも、こうした泡瀬干潟の生態系の類例のない程の豊かさの反映です。
 ところで、私は、森林保護を重視するあまり、開発一般をことごとく否定する立場に立つ者ではありません。実際に、
沖縄総合事務局北部ダム事務所所管の北部ダム生態系保全検討委員会貴重鳥類部会および億首川マングローブ林保全
検討部会の委員を永年お引き受けし、開発の影響を可能な限り防止・軽減するべく尽力してきました。
 しかるに、琉球列島のマングローブ・干潟を研究してきた私の目で判断するに、泡瀬干潟・比屋根湿地は、必ず保全
されるべき特に重要な湿地であって、その生態系そのものが高い公共性を有する人類の財産であるから、開発行為は
厳に慎まれなければならないと断言するものです。
 ところが、国は中城湾の浚渫で生じる土砂の廃棄を目的とする泡瀬干潟の埋立事業を着工しました。この事業は、
造成された埋立地で沖縄県・沖縄市がリゾート開発を行う計画であることが前提となっています。泡瀬干潟は、土砂
捨て場としたり、あるいは、災害防備など人命保護に直結するような高度の公共性を有せず、経済合理性さえも疑われる
ところの観光開発をするために、埋め立ててしまってよいような無価値な海域ではありません。埋立てで直接消失する
海域に貴重な生物が多数おりますし、特に生物多様性の高い周辺の海域も埋立ての影響を受けるのは必至です。また、
マングローブの繁茂する比屋根湿地は、海水の出入り口に隣接して本件埋立工事用の桟橋が設けられており、工事や
完成後の運用によるマングローブへの影響も不可避であるものと、深く憂慮しています。生態系保全と本件事業は両立
し得えないことを指摘せざるを得ません。
 本件事業により私のこれまでのマングローブ研究の成果の重要部分が無に帰してしまうことが予測され、これはフィ
ールド科学者として耐えがたいことです。しかし、そうした個人の思いにとどまらず、そもそも私は、沖縄で研究教育に
当たる大学教員としての社会的責任を果たすため、沖縄が世界に誇る自然環境を傷つけ、県や国の財政に損害も与える
ような泡瀬干潟埋立の計画は中止すべきことを主張しなくてはならないと考えました。この指摘に対して国・沖縄県・
沖縄市が聞く耳を持たないのであれば、裁判によってでも本件事業を食い止める必要があると確信し、熟慮の上、原告と
なったものであります。
 環境アセスメント手続き後にも次々と貴重生物が発見・記録されることに示されるような、豊饒な泡瀬の海を守る
ことができるか否かは、日本の環境法制のあり方が問われる問題であります。それはまた、かけがえのない特異な自然
環境に立脚する沖縄の文化、生活、地場産業の存続如何にも関わる問題です。また、渡り鳥の中継地としての環境を
毀損することを通じて、すでに、泡瀬干潟の保全についてはオーストラリア国の環境大臣が書簡を送るなど、国際的な
関心事ともなっています。したがって、裁判所にあっては、国内法令や国際条約の条文そのものはもちろん、それらの
制定趣旨をも深く踏まえて検討していただき、本件の実質ある審理を進めていただきたい。
 以上、森林保護学の専門家たる原告として強く要望し、意見陳述と致します。